第十一話「ワタシノシアワセ」

11-1 ワタシノキモチ

「現実世界で生き返らせるなんて……」


 にわかに信じられなかった。

 どういうことだと、バスの後部座席に座るこなみに視線で訴えかける朱里。


「知っての通り、死人は生き返ることはありません。ましてや、火葬をして骨だけになってしまったならなおさらです。ですが、私の父は……」


 うつむく朱里は言葉を切り、自分の掌を見た。朱里もそれを注視した。

 こなみの小さな掌は少し透けていた。朱里は目を見開く。


「そろそろ限界みたいですね。やっぱり消えてしまうみたいです」


 にっこりと朱里に笑いかけるこなみ。とても穏やかな表情をしていた。

 本当のところは耐えがたい恐怖に陥っているのだが、それをひた隠しにしている。朱里にどうしても伝えなければならないことがあったから。


「消えてしまう前に、あなたに言っておきたいことがあります。父の目的です。私はそれを阻止したかった。だから……デスゲームを、デスゲームまがいのものを起こしたんです。母を生き返らせるという妄念に囚われている父を解放すべく。でも……存外、うまくはいきませんね。アドミニストレータの力に溺れ、あろうことか父に力を与えてしまったので……」


 深いため息をつくこなみ。

 立ち尽くす朱里は静かに息を吐く音を耳にしていた。


「あぁ、ごめんなさい。最初から簡潔に話しますね。その前に、あとどれくらいこの体が持つのか……」こなみはかぶりを振ると、「あぁ、う、うん……すみません。話します……ご、ごめんなさい」


 本当は泣き叫びたい。唇が震え、わなないていた。それをこらえるのがたまらなく苦しかった。しかし、朱里にはそんな姿を見せたくなかった。そんなそぶりを見せないようにしている。

 だが、朱里にはこなみの恐怖が感じられた。こなみの両ひざにある小さなこぶし。それがぎゅっと握りしめられ、わずかに震えていることに気が付いた。


「父がやりたかったことは、現実世界で母を生き返らせることです。コンピューターの世界で創った母を、私に移植しようとしている。自我の上書きと言えばわかりますか? 私に、私の母を上書き、いえ……憑依させようとしているんです」

「えぇっと、死んだあなたのお母さんを……機械を使って、あなたに憑依させようとしていると?」

「はい。そうです。そんな感じです」


 そのせいで視力を奪われ、嗅覚や触覚、そして――味覚を奪われてしまった。それで残っているのが聴覚のみ。


「頭にあるもう一つの自分が、自分を侵食している感覚ってわかりますかね……気づいたら聴覚だけになってしまいました」

「聴覚だけに? でもどうやって――」


 目も見えない中でどうやって、このデスゲームを行ったのか?


「どういう訳かはわかりませんが、仮想世界の中では少しだけ、感覚が戻るんですよ。見えるようになるんですよ。感じるようにも……でも、現実世界では何もできない状態なので、仮想世界であなたたちへ……いいえ、いかに父の凶行を止められるか。または、私に何をしてきたか。おじいちゃんとおばあちゃんをどうやって事故死させたかについて暴いてやろうと画策していました」


 ここで朱里は腕を組んだ。

 否、体を抱いた。


「向月と東尾への復讐はうまくいった。でも、お父さんの方はどうなの?」


 こなみはかぶりを振った。


「それが全然……尻尾すら掴ませてくれませんでした」


 妻を生き返らせるためにいとわない人間だ。それに、大倉は完璧主義者だった。だからこそ、尻尾を隠すのはうまかった。自分が作ったテクノロジーを駆使し、多くの人の目を誤魔化してきた。


「この世界に来てからの父の言動は録音や録画をしていましたが、ダメでした。決定的な証拠というか、言質は取れませんでした。父を倒せることが出来れば、その記憶を漁ることができたんですけどね……」


 アドミニストレータの力に溺れ、倒せなかった。こなみの心の弱さがこの事態を招いた。

 再びこなみは自分の手のひらを見た。

 もう指先はなく、手首から先は完全に消えていた。足元も幽霊のように、消えてなくなってしまっている。もう身体は5分と経たないうちにこなみは消えてしまうだろう。

 そうなる前に、こなみは朱里に言っておきたいことがあった。


「当て馬にされたことですけど……もういいです。もう、あなたのことを赦しました。私も悪いところがあったので……仕方ないかなって。それに、せんぱいの彼女さんはおっかない人ですから。お話をしてですね、私じゃ敵わないってわかったので」


 朱里は唇をかみ締めた。目頭が次第に熱くなっていく。

 確かに忌み嫌っていた。今もそういう気持ちはある。けれど、この姿があまりにも痛々しい。それにこなみの壮絶な過去を知ってしまったということもある。同情し、憐れで仕方がなかった。

 涙を堪える朱里を見て、こなみはにっこりした。茶目っ気たっぷりに、笑ってみせた。


「そんな顔をしないでください。朱里さん」こなみは菩薩のような穏やかな表情をすると、「最後にあなたとお話できて嬉しかったです。ありがとうございました。お元気で、それと――私のことを忘れないで下さいね」


 去りゆくこなみの笑顔は朱里にとって忘れられないものとなった。

 バスの後部座席に、こなみはもういない。

 再びバスの中は何事もなかったかのようにがらんとしていた。


「こなみちゃん……」


 うわごとをつぶやくように親友の名を朱里は呼んだ。

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