10-5 バスの中

 朱里が目を覚ました時、夢の浜に向かうバスの中にいた。

 あの闇の中をひたすら走るバスだ。

 乗った当初と変わらない状態。誰もおらず、車内はがらんとしていた。

 バスの中にある電光掲示板には、現実世界と表示されている。停留所にすでにいるようで、バスは停まり扉が開いていた。

 立ち上がろうとした時、朱里のズボンのポケットに異物感が。何かと思い取り出すと、そこにはリモコンが入っていた。

 デスゲームから解放された。朱里は安堵する。

 あとはバスから、降りるだけだ。

 でも――引っかかっていた。こなみのことが。

 降りて、リザルト画面でログアウトをすれば、ゲームをやめられる。でも、本当にやめていいのだろうか? 悪いことをこなみはしたけれども、自分も彼女と大して変わらない。一人の人間を悲しませた罪悪感に苛まれていた。

 それでも体が安寧を欲している。座席から立ち、ゆっくりと出口へと進んでいく。

 そして、あと一歩というところで――。


「こんばんは、朱里さん」


 声がして、朱里は社内に戻る。

 一番後ろの席に、こなみがいた。寂しそうな笑顔を浮かべていた。


「……すみません。朱里さん。先ほどは怖がらせてしまって」


 先ほど、自分を殺そうとしてきた人物であった。

 しかし、朱里はこなみの元へと向かった。


「今は――お父さんにすべての力を取り上げられているので、何もできません。それに……私はもう、消えてなくなってしまう。だから、最後にあなたとほんの少しだけ話をしようと思いまして」


 本当に目が見えていないらしい。朱里の視線はせわしなく動いていた。目の前にいるはずなのに、自分を見つめていない。


「何の話をしたいの?」

「せんぱい……いえ、あなたのお兄さんと薫さんについてです。ずっと2人のことについて話をしたかった」

「兄ちゃんと薫さんのことについて?」


 こなみは深く頷いた。


「そうです、朱里さん。本当は――2人と和解したことをあなたに伝えたかった。当て馬にされちゃいましたけど、本当はあなたのことを許したと言いたかった。けれども、私はアメリカに連れていかれてしまいました」

「どういうことなの?」


 自分を殺そうとしておいて、和解したかった。理解しがたい言葉だった。

 朱里はバスのシートにちょこんと座るこなみに視線を投じる。が、その視線は交わることはない。こなみの目が見えていないから、視点が定まっていない。


「本当のところは、ただ……あなたとはお話をしたかっただけです。というより、私のことを誤解していますよね? デスゲームと言っていますが、実のところは違います。はい、実をいうと向月さんも東尾さんも生きてはいます」


 東尾は向月に撃たれ、向月は死んだ東尾に食われた。

 そのはずだと、困惑する朱里。仮想現実なのに現実と変わらない苦しみがあり、痛みがあった。


「正直に言うと、あなたのお父さんがやってくるのは計算外でした。5時間で終わらせるはずだったのに、あなた方の抵抗が強かったから……」

「ちょ……ちょっと待って、ごめん――あの、ちょっと、何を言っているかわからない」


 意味が分からないと朱里が眉間を険しくして言うと、こなみは茶目っ気たっぷり笑った。

 この笑顔に少し、朱里は苛立った。


「実をいうとこのデスゲームは、デスゲームじゃなかったんです。東尾さんも向月さんも生きています。いじめられたからと言って人殺しをするのは、たばかられます。一人で生きていくほど私は強くありません。ですから先ほど、私が構築した仮想世界から解放しました」

「デスゲームじゃあなかった」朱里は首をかしげると、「じゃあ、いったい何のためにこのゲームを行った訳?」


 散々だった。この世界にやってきてから、死ぬほど怖い思いをしてきた。

 朱里の両こぶしに力が入る。デスゲームじゃなかったといわれ、腹が立った。あの苦しみは何だったのだろうと。


「そうですね……一番のことは、私のことを忘れてほしくなかった。たった……それだけです。自分が世界から消えてしまう前に、大倉こなみ――私という存在がいたことを忘れられないようにする。それが一番の目的でした」


 それから語る。

 朱里はこのゲームの目的を。


「向月さんと東尾さんは復讐ですね。いじめられていましたから、その――。久川さんを巻き込んだ理由としては、目撃者が欲しかったからです。ネットにアップした動画が本当だと、言ってくれる人ですね。あっ、この中に朱里さんも含まれています」

「それって、あの血みどろの瞬間がみんなに広まっているってこと?」

「はい。一学年のSNSのアカウントやメールアドレスを調べるのは骨が折れましたけどね。ましてや、父に視力を奪われていた状態でしたから、かなり難航しましたけどね」

「えぇっと、ということは――学校のみんなに、向月と東尾が口論したシーンがばらまかれたってこと?」

「そうですね。そういうことです。私の目的としては、あの2人のヒエラルキーとステータスを奪うことですからね」こなみはため息をつくと、「誰かが、何かを思って――あの塩蔵をネットに上げるでしょうね。デジタルタトゥーが刻まれたわけです、あの2人の今後はどうなるでしょうね?」


 朱里の動悸を耳で感じ取り、こなみは安心させるように朱里に微笑みかける。

 非常に穏やかな表情だった。


「安心してください。アップした動画は、あなたと久川さんの顔はモザイク張っていますので。あなた方の名前も隠しているので気にしないでください」


 そういう問題ではないのだが……と、朱里は唇をかみしめた。

 いじめっ子2人の未来を奪うことが目的だと知り、朱里は恐々としていた。それだけのために、このおぞましい世界を創ったこなみが恐ろしかった。


「話を戻しましょうか。もう一つの目的は私のお父さんの凶行を暴くことです。お母さんを生き返らせるために、自分の子供を実験に使った。さらに、実験に苦しめられる私を救おうとした私のおじいちゃんとおばあちゃん――お父さんの両親を殺した人ですからね。みなさんはすごい人だと言っていますけど、そうじゃあないんだと。こんなおぞましいことをする人間だと知って欲しかった……」

「そういえば……」朱里はうつむくと。「虐待でいいのかな? されていたよね」

「はい。あの世界であなたに見せたものがすべてです。目が見えなくなって、牙の男に頼らざるを得ない状況になったのも父のせいです。私を使ってお母さんを生き返らせようとする実験で、視界を奪われました」


 朱里には考えられない世界を歩いてきたこなみ。散ると知ってか、終始、穏やかであった。自我を消されてしまう前に、どうしても朱里に言っておきたいことがあるのだろう。こなみは饒舌だった。


「父の目的は母を生き返らせること。仮想世界で生き返らせることはうまくいきました。けれどもそれだけでは物足りなかった。だから――私に、私の脳をお母さんの脳に上書きしようとしているんです。亡くなった妻を現実世界で抱きしめるために……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます