10-3 世界の崩壊

 撤退戦を成功させた後、秀雄は2人を連れてどこかへ向かう。

 方角的に、馬場葦の天文台に向かっているのだが――秀雄は何も言わなかった。背中が語っていた。この男についていけば問題ないと。

 いつもはだらしないのに、今はこの上なく頼もしい父親の姿を見て朱里はなんだか急に抱きしめたくなった。しかし、それは現実世界に帰ってからにしようと思う朱里。そばにクラスメートがいるから。

 この世界にやってきた時には、むせ返るような霧が街中にかかっていたが、今はそうでもない。建物にかかる靄の重さは前よりも幾分、軽くなっていた。先ほどまで、3メートルほどしか見えなかったが、今は50メートル先を見ることができた。

 3人が歩いているのは、農道。

 特に警戒はしていない。老婆たちの遠吠えは聞こえないからだ。


「さっき、ウィルスをぶち込んで細かいのは粗方一掃した。今、いるのは――ゲームマスターとクリーチャーと化した大倉博士だけだ。大倉博士の奥さんのコピーの成れの果ては、もういない。警戒して歩く必要はないかな」


 これはこなみを倒したからだろうか? そんなことを考えながら、朱里は秀雄の背中についていくのであった。


「間一髪ってところだったな……大丈夫か、朱里? 久川君」

「あぁ、うん……」朱里は戸惑いながらも、「お父さん、ありがとう。本当に死んじゃうところだった」

「僕はあの……」博は二度ほど頷くと、「まぁ、大丈夫です」


 秀雄は唇をかみしめる。こくこく頷くと、息を吐いた。大丈夫ならば、それでいい。声を聞けて、少しばかり安心していた。


「そうかい。なら、いい。他に2人いたよな……どうした?」


 秀雄に向月と東尾のことについて質問され、何とも言えない顔する朱里と博。

 何といえばいいのやら、なぜなら2人は――。


「あっ、いや、いい……。質問が悪かったな。ごめんな、二人とも……」


 何とも言えない空気が漂う。

 察した秀雄はわずかにうつむく。助けられなかったという罪悪感に苛まれていた。

 この仕事をやるようになってから、こういうことは何度もあった。だが、慣れることはない。秀雄は人を救う仕事をしている訳だ。慣れてしまう訳にはいかなかった。

 土を踏む音がやたら鮮明に、生々しく聞こえる。静まり返っているせいか、かすかな音でも耳は拾う。この音というものは厄介極まりない。この世界にやってきてから、神経質になっていた朱里はそう思った。

 だんだん、世界は霧の呪縛から解き放たれようとしている。渦巻いていた瘴気は太陽によって晴れようとしていた。


「ふむ、世界の崩壊が少しずつ始まっているようだな」秀雄は立ち止まると、「俺がこの世界に入るときに、この世界が崩壊するウィルスを打ち込んだ」


 世界が崩壊すると聞いてぎょっとする朱里と博。


「あ~でも大丈夫だから。問題はないよ。君らは今、あ~っと元々いた場所に戻るだけだからさ。気にする必要はないかな? 霧が完全に晴れたら、俺らは元の世界に帰ることができる。もうちょっとの辛抱だ」


 もう少ししたら帰ることができる。

 それを聞いて安心する朱里と博だったが、先ほどのことがあった。また、こなみに騙されていないか2人は不安だった。


「お父さん、本当に大丈夫?」


 ついつい、こう聞いてしまった。


「うん、大丈夫だ。この世界はサーバの中にあるからなぁ。人間の頭の中でデスゲームをしている訳じゃあない。だから、結構……まぁ、中に入ってしまえば終わらせるのは簡単だ。何も気にせずターミネートプログラ――じゃないウィルスを打ち込めばいいだけだ」


 相変わらず意味の分からない専門用語。

 二人の眉間はさらに狭くなる。


「あの、すみません。児島さん。あの~見た感じ、馬場葦の方に向かっているのはどういうことですか?」

「あぁ、久川君。ちょっと気になることがあってね。少しだけ付き合ってくれないか?」


 気になること。

 馬場葦に誘導し、自分たちを貶めようとしているのか。博はそう勘ぐった。


「そのちょっと気になっていることについて教えてもらってもいいですか?」

「あぁ、いいよ」秀雄は快諾した。「歩きながらでいいかな?」


 誘導したいという意志を感じる博。この男が本当に朱里の父親なのか勘ぐっている。

 何を言っているんだと言いたいところであるが、朱里は何も言えなかった。先ほどこなみに騙されて、九死に一生を得ているから。


「いや、あの……ここでしてもらえますか?」


 おそるおそる尋ねると、


「よくわからないけど、そう言うんだったらここで話そうか」


 首を傾げながらも秀雄は了承した。


「まぁ、この世界って――あれなんだよな? ちょっくら調べた感じ、初期のサイコナイトのシステムを使っているようだ。ほんで、君らはどこかで拳銃を手に入れたりとかした?」


 朱里と博は顔を見合わせる。


「うん。久川が持っていて、でももう一人のプレイヤーが――」


 馬場葦の展望台で落としたと朱里が告げようとした時、急に霧が深くなる。

 再び、夢の浜は霧に巻かれてしまう。

 いったい何事かと思った時、朱里たちの前にとある男が立っていた。この世界にやって来た当初から変わらないスーツ姿の大倉。亡妻を生き返らせようとしている男の姿がそこにあった。

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