第十話「あの時の約束」

10-1 現実世界へ?

 博は自宅のベッドで目が覚めた。

 上半身を起こし、DBLSのギアを外すと、そこには博の家族らの心配そうな顔があった。

 最近あまり話をしない父親の驚いた顔。息子が起き上がったのを見てほっとする母親の顔。ちょっかいをかけてくる鬱陶しい姉がべそをかいていた。

 それから、博は部屋を見まわした。漂うのはイグサの臭い。相変わらず、使わない机の上にはものが散らかっており、ゲームをする前と同じ状況のまま。違うのはカーテンから光が漏れているところだ。

 これに違和感を覚えたが――昨日、ベッドに寝転んでゲームをする前に、机の上でだらしなく口を開けているカバンを見て、博は思ったことを口に出す。


「あの……姉ちゃん、ここって現実?」


 姉はコクコク頷くと、弟を抱きしめた。

 言うまでもなく、ここは現実のようだ。姉の抱きしめる強さと、くすんだ色をした髪のにおいを博はかみしめる。

 甘酸っぱいにおいが、とても愛おしく感じられた。たまらなかった。

 現実世界に変えることができた喜びをかみしめている博。

 窓から差し込む太陽の光を浴びることができ、博はこの上ない喜びを感じていた。家族は二度と起き上がることはないかもしれないと言われた博が起き上がったことが、うれしくてたまらなかった。

 そんな久川一家の元へ、一本の電話が。

 博の祖母が出て、少しやり取りをした後、博に受話器を持ってきた。


「えぇっと、ばーちゃん。誰から?」

「システムエンジニアの児島さんからだよ。中がなんだかわからないけれども情報を聞きたいってさ。とにかく出ておやり。それと、ちゃんとお礼を言うんだよ。児島さんがあんたを助けてくれたんだからさ」


 ぶっきらぼうにものを言うと、祖母は受話器を差し出した。

 スピーカーを耳に当てると、博は恐る恐る電話向こうの相手に声をかける。


「もしもし――」

「あぁ、君が久川博君だね? 今、パーソナルデータを確認したよ。おっと、ごめんな。自己紹介がまだだったよ。私は児島秀雄です。はじめまして……」


 秀雄と聞いて、ギョッとする博。それもそのはず、先ほどこなみが扮した秀雄に騙された。

 ゆえに疑心暗鬼になっていた。

 博が黙りこくっていたら、秀雄は話し始めた。


「悪いんだけど、現在の君の状態をモニタリングしている。どうやら、デスゲームが行われているサーバの……いや、仮想サーバか。とにかく君は現在、同じサーバの中で別のサーバに君の意識をアクセスさせている状態のようだ……」


 秀雄の言っていることはよく理解できなかったが、これだけはわかった。

 自分は未だ、仮想世界に囚われているということに。


「君が置かれている状況は非常に厄介だ。危険でもある。現実に感じられているだろうが、実際君はベッドの上に横たわっている。今現在、君のそばにはお姉ちゃんが付き添っている状態だ」


 秀雄はさらに説明する。


「どこぞからレンタルしたサーバの中に仮想サーバを6つ作って、中を見えなくしている。5つはダミー。中に意識は存在しない。ほんでさ、サーバの1つをこちらで認識できなくしている。それがもどかしいな……初期バージョンのサイコナイトのゲームシステムを利用してデスゲームをやっているサーバだな。さらに厄介なことに、プロテクトが頑丈だということだ。鉄壁でまったく歯が立たない。でも、君は許可されている意識だからかな? ゲームがやっているサーバにアクセスすることができるみたいだ。今のところ、断片的にしか情報が出ていないから何とも言えないけれどもね」


 ブツブツとくぐもった声で秀雄は何かを言っているようだ。

 何を言っているのか、博にはさっぱりわからない。


「あの、何を言っているかわかりません……」

「あぁ、うん。まぁ、わからないよなぁ、ごめんね。おっさんの悪いところが出てしまった。ごめんな」謝ると、間髪入れず秀雄は質問する。「でさ、話変わって悪いんだけどね、そっちで朱里とは会った?」

「えぇ、まぁ――」


 そう返事をした時、博はハッとした。

 まだ朱里はあっちの世界に囚われている。ゲームマスターのこなみに命を狙われている。そして、博は自分の顔をおおきなかしわで覆った。目の前にいる家族に気取られないように。表情を読まれないように。

 それでも口元の動揺は隠せなかった。心配そうな視線を集めているのが、博は気になった。この粘っこい感覚が嫌で仕方ない。


「あの……本当に児島さんのお父さんですか? 偽物とかでは――」

「偽物ねぇ……」秀雄は鼻をすすると、「向こうの世界で、君に何があったのかはわからない。けれどもこれは確かだよ。私は正真正銘、児島朱里の父親だよ。だから――」


 一旦、言葉が途切れる。途切れた後、博の周りを取り巻いていた気配がすべて消えた。の父母や姉が突如として消えてしまったのだ。

 何事かと思い、博がベッドから出た時、Tシャツに迷彩柄のカーゴパンツを着た中年の男目の前に現れた。右手には拳銃を携え、大きなサングラスとヘッドセットを身に着けていた。まるで、FPSゲーマー、というよりもサバイバルゲームのプレイヤーのようであった。


「だからさ、何があっても、どんなことをやっても自分の娘を助けたい。そう思っているんだ」


 そう言いつつ、秀雄は博に朱里を助けるための道具を渡すのであった。


「悪いんだけどね……おじさんに協力してもらえないかな?」


 博は何も言わず、それをポケットにしまう。

 返事は――言うまでもなかった。

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