9-4 私の過去を知って欲しい

 ここはこなみが過酷な実験をされていた場所である。

 何の用途で使用するのかわからない、薄暗い中でも青白く光る機械郡。それと拘束具の金具が黒光りしてとても不気味だった。


「頭にアイスピックを突き刺される痛みってわかりますか? 朱里さん。頭の奥がズキズキして、何も考えられなくなるくらい痛むんですよ。当時はわかりませんが、群発頭痛とよく似ていて、何度も自分の頭を撃ち抜きたい、死にたい衝動に襲われました」

「あぁ、そう……でも、そんなこと、知っちゃこっちゃない」


 焦点が合っていないのか、こなみの瞳はあらぬ方向を向いている。目が見えていないのだろう。しかし、耳は以上に良かった。その研ぎ澄まされた耳で、朱里と博の吐息と鼓動で二人が抱いている感情を読み取るのであった。

 2人とも息は荒い。恐る恐る呼吸をしている。まるで息継ぎをするように、だ。しかし、鼓動は違った。博の鼓動は早鐘さながらに打っているだが、朱里は少し落ち着いている。


「別にあなたにわかってもらうつもりはありませんよ」こなみは口角を引きつらせると、「私の痛みよりも知ってもらいたいことがあるんです」

「知ってもらいたいこと?」と、博。

「えぇ、そうです。久川さん」正面からややずれてはいたが、博の方を向くこなみ。「私の過去を知ってもらいたいのですよ。私の父親がこれまで、私に何をしてきたのかをあなたたちに知ってもらいたいのです」


 こなみの父親が、自分の娘に何をしてきたのか。それを知ってもらいたいと。


「その意図は?」


 と、朱里が尋ねると、


「そうですね……復讐、ですかね。お父さんへの復讐を果たしたいので」


 こなみはこう答えた。

 それからこなみは博の方を向く。博がいるであろう方向へ、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。それから、語る。


「向月さんと東尾さんへの報復は終わりました。久川さんにはもう用がありません。この話を聞いた後、あなただけは現実に帰ってもらう予定です」


 現実に返してくれると。

 こんな世界からおさらばできる。そう思うと心が沸き立つのであった。安心を得て口元が緩み、顔がだらしなくなる。

 しかし、気になることが一つ。


「児島は?」


 そう、朱里のことだ。


「私をいじめていた向月さんや東尾さん……私を虐待してきたお父さん。3人以上に、私は朱里さんに酷いことをされました。だいすきだった、せんぱい……私は朱里さんのせいで、結ばれなかった」


 それは本当なのかと、博は朱里に視線を投げうつ。

 が、朱里はばつの悪そうな顔をしているだけであった。


「確かに当て馬にしようとはした。けど、うまくいかなかった」朱里は顔を上げ、言った。「でも、あんたが嘘をついたせいで薫さんは兄ちゃんとバーチャル世界で心中しようとした。あんたの方が悪い。あんただって大概じゃない。お兄ちゃんのストーカーしていたもんね。兄ちゃんの彼女を殺そうとしていたよね? 刺そうとしていたよね? そんな奴にさ、優しくしろってのは無理だから」


 とんでもない単語が飛んできた。

 ストーカーと殺人未遂。


「えっ、ストーカー……殺すって――」


 これに慄く博。

 さらに朱里は語る。


「確かに悪いとは思っているけど。でも、この件はあんたが悪いよ。あんたのお父さんや向月たちと違って一方通行じゃない。あんたにも悪意があった。ストーカーしていたでしょ? 証拠はある。私の兄ちゃんの後ろをつけている写真、何枚もあるから。それに事件の後にさ、あんたが包丁を持ってつけているって薫さんから聞いたもん」


 朱里はこなみをにらみつける。


「くどいようだけど、聞くね。あの事件の後、あんた……薫さんを殺そうとしていたでしょ?」


 こなみは何も答えなかった。赤い涙を頬に伝わせて、朱里がいる方をにらみつけていた。怒りに震えながら。裏切られ、自分がどれだけ苦しかったか。悲しい気持ちだったかを、思い出し――般若のような形相に表した。

 自分の淡い想いを“悪意”と朱里は表現した。そのことが許せなかった。はらわたが煮えくり返っていた。

 すぐにでも殺してやりたかった。苦しめてやりたい。

 でも、まだ……その時ではない。まだまだ、朱里にやらねばならないことがあった。こなみは耐え忍ぶことに慣れていた。怒りをぐっと飲みこむと、こなみは心を落ち着かせる。なるたけ冷静に、静かに、静かに。


「朱里さんとの問題はおいおい……まずは久川さんを現実世界に返す前に、お話をしないといけませんね。私のお父さんのことを世界に伝えてもらいたいので。自分の奥さんを、自分の娘を使って生き返らせようとしたバカな男の話を」

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