9-2 東尾のこと


「そういえばさ、どうして東尾のことが好きな訳?」


 救助を待っている間、朱里は博にこんな話を振ってみた。

 目の前にある自動販売機のモーターの無機質な音と、おぼろげな照明が醸し出す雰囲気が嫌だったから。

 不意に投げかけられた質問に、博は反応ができなかった。いきなり過ぎて、何も言葉が出ない。朱里が何を言ったのか、わからなかった。もう一度繰り返され、ようやく博は質問の意図を理解した。


「あぁ、うん……東尾のことが好きな理由ね」

「うん。なんとなく気になってね。目の前であんなことがあったから」


 気まずい沈黙が二人の間に流れる。

 どうしてこんな話題を振ってしまったのか。ここで朱里は後悔した。もっと、障りのない話題を振ればよかったなと思うのであった。


「あのな……東尾を好きになったのはマネージャーをやっている姿がね、よかったというか。ニコニコしながら、あの……人と対応している姿が好きだった。クラスじゃ、向月の側でさ、つらそうな顔をしているけど。部活をしている間は、楽しそうだった。俺はさ、そんな東尾の姿が好きになっちゃったというか」


 しどろもどろになりながらも、博は理由を語ってくれた。


「同じサッカー部だっけ? 東尾はマネージャーをしてるよね?」

「うん、マネージャー」博は鼻をこすると、「監督とか顧問の前とか、部員たちの前では見せないんだけどさ、雑用を一人でしている時が一番好きだったな。時たまに鼻歌とか歌ってたんだけど、それがかわいくって……」


 朱里には想像ができなかった。いつも腕を組み、しかめ面をして向月の側にいる東尾の姿しか知らなかったから。また、向月やその取り巻きたちとこなみをいじめる姿が目に焼き付いている。だから、そんな一面があるとは知らなかった。

 向月という存在さえなければ、東尾は普通の少女だった。そう思った後、朱里の胸がもやもやし始めるのであった。


「東尾のこと好きだったんだね。だったら、告白とかは?」

「……してない。ガードが堅そうだったからさ、というか、あ~脈がない感じ。だから、回りくどい方法でがんばろうって思って。東尾の友達から仲良くなって、少しずつ距離を詰めていければいいかなって。で、まぁ……みや――いいや、向月と付き合うことになっちゃった」

「どこで向月に告白されたの?」

「去年の花火大会の時にね。ちょうど……さっきいた展望台のところで告白された。不本意ではあったけどさ。最低だとは思ったけど、付き合ったら振り向いてもらえるかなって思って、告白を受けたんだよ」


 朱里に言わなかったが、彼女が欲しかったという気持ちもあった。向月がかなり美人ということもあったから、流されてOKをしてしまった。それは流石に言えなかった。


「でも、東尾は向月のことが好きだったみたいだな。まさか、愛しているとは思わなかった……男性不信を抱えていて、女の子を愛しちゃうなんて。さっきさ、あいつに告白する機会があったんだけど、ダメだった。あんなことがあっても、化物みたいな姿になっても、やっぱり向月のことが好きだって言っていたよ。ふられちゃった」

「そっかぁ……」朱里は息を吐くと、「そうなんだ」


 朱里がしみじみ答えたあと、しばし間が開く。再び静寂が。

 老婆たちの遠吠えがやたら耳についた。それから、亡き妻を求めてやまない大倉の絶叫も。大倉の声が、2人にはっきり聞こえた。

 しばらくして、朱里はこんな質問を。


「でも、向月ってどうしてあんなになっちゃったんだろうね? まさか、ガチのサイコ女だとは……」


 父親に大丈夫だと言われたからか、朱里は饒舌だった。

 先程は博のことを睨みつけたというのに。


「わからない。一応は……まぁ、恋人だったけどさ。向月はさ、自分のことを俺になんにも話してくれなかったなぁ」


 それが何でなのかは話さなかった。朱里も聞かなかった。

 なぜなら、先ほど向月の口から語られている。中学時代、自分をいじめた復讐をするためであると。


「それは意外だなぁ」朱里は息を吐いた。「向月ってナルシストじゃんね。だから、自分のことばっかり話しているんじゃあないかって思っていて」

「存外そうでもなかったよ」博は表情を曇らせると、「気配りができる子だと思っていた。ずっとさ、俺のしょうもない話をニコニコしながら聞いてくれたもんね。何にも言わずに察してくれてさ……でもまさか、あんな意図があったなんて……」


 途端に恐ろしくなる朱里と博。

 向月の奈落の底のような腹黒さと蛇のような執念深さに恐怖した時だった。


「な゛み゛え゛え゛え゛!!!」


 胸に妻の胸像を貼り付けた男が図書館の入り口を破壊し、館内に侵入してきた。どこで、どうやって嗅ぎつけたのかはわからない。こなみに導かれてか。それとも、たまたま入ってきたのかは。

 とにかく朱里と博はこの場所にいられなくなった。すぐに別の場所へと逃げなければならない。

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