8-5 祠堂(ほこらどう)へ

 高校から祠堂(ほこらどう)へと向かう朱里。

 歩いて40分の道のりなのだが、異様に時間がかかった。霧が濃いからということもあるが、何よりも老婆の遠吠えと大倉の咆哮がやたら耳に着いたからである。遠吠えと咆哮を聞く度、体を震わせて朱里はうずくまる。歯を鳴らし、来ないでくれと祈りをささげるロスタイムがあったから、1時間近くかかってしまった。

 市街地の外れにある祠堂は水田地帯になっている。そこを横切っているバイパスのへりにこぢんまりとした図書館がある。

 その手前にある雲仙寺という由緒ある寺の前で、


「児島……」


 朱里と博は再会を果たすのであった。

 再会し、駆け寄ってくる博。何者かと激しいチェイスを繰り広げたのだろう。服の所々が血と泥で汚れていた。おまけに、顔はやつれている。


「大丈夫だったんだな? 心配してた」


 この世界で最初に会ってから、博は変わらない。

 向月はもとより、彼女に裏切られて怒り狂った東尾。娘を虐待していたマッドサイエンティストである大倉に、その娘のこなみ。

 思えば、おかしい連中ばかりだった。

 しかし、博は違った。


「心配してくれてたんだ。でも、どうして心配していたの? 私に何かあるの?」


 朱里の猜疑心は破裂寸前まで膨れ上がっていた。この世界にいる人間たちは、どうしようもない人たちばかりだ。朱里は博の普遍性を信じられずにいた。


「何もないさ、クラスメートを心配して悪いか?」


 何も悪くないことだが、信じられなかった。

 思惑があって心配したのだと、朱里は勘ぐっている。博をにらみつける朱里の背には、包丁の柄を握りしめるこぶしがあった。

 殺気を感じて、博は後ずさった。

 朱里の雰囲気が東尾や向月のように異様だ。逃げたい気持ちにかられたが、博はその場に踏みとどまることにした。彼女の向月も想い人の東尾も、こなみによっておかしくなってしまった。だからこそだ。朱里と協力しなければならない。


「な〝み〝え〝え〝え〝!!!!」


 先ほどから、遠くで何者かが叫んでいる。老婆ではない何者かだ。

 その何者かについて博は朱里から色々聞いておきたいことがあった。朱里が知っているのであれば。


「……わかった。俺のことは信用しなくていいよ。でもさ、お互いに知りたいことってあるだろ? うん、俺は生き延びたいって考えている。だからさ、情報の交換をしたいんだけどいいかな?」


 朱里は少し、考えた。

 情報の交換について、博が信用に足るかどうか。


「いいよ、情報交換をしよう。その前にさ、図書館に行かない? 図書館で情報交換をしたいんだけど……いいかな?」


 嘗め回すように博の笑顔を見つめ続けた後、朱里はその旨を了承した。包丁を鞘に納めると、朱里は息を吐いた。

 博は深く頷くと、朱里の前を進んだ。信用できる存在だと、朱里に示す必要があった。だからこそ図書館への最短ルートを先導した。

 雲仙寺から図書館まで、10分の道のり。

 図書館の電気はまったくついていなかったが、正面玄関に立つと自動ドアは普通に開いた。そのまま2人は遠慮することなく、建物の中へ。老婆がいないことを確かめつつ、エントランスから奥へと向かうのであった。

 がらんとしているカウンターを横切ろうとした時、不意に電話が鳴った。思わず2人は驚き、身をかがめる。

 無機質なベルの音が続く。

 朱里は思い出していた。兄がサイコハザードに巻き込まれたときのことを。ひょっとしたら父親からかもしれない。そうと思うと、なりふり構わず朱里はカウンターにあった電話に出た。


「……もしもし」

「朱里? 朱里なのか?」


 電話のスピーカーから父親の声がした。朱里の表情が緩んだ。


「うん、お父さん……」


 朱里の表情が緩むのを見た博は察した。現実世界から、助けが来たんだと。救助の手が差し伸べられたのだと。安心した博はその場に座り込んだ。


「ごめんな、遅くなっちまった。プロテクトがかなり強くってな。解除するのに時間がかかった」

「ううん、いいよ……お父さんが来てくれただけでさ。すっごく安心した」

「そうか。まぁ、前に約束したからなぁ。お前がこうなっちまったら、絶対に助けてやるってさ。でもまさか……本当にサイコハザードに巻き込まれるなんて思いもしなかった」

「気を付けていたんだけどさ……あのね――」


 それから朱里は父親に現状を説明する。

 こなみが復讐のためにサイコハザードを引き起こしていること。夢の浜でクリーチャーと化した大倉に追われていること。他にも向月と東尾がいたが、死んでしまったこと。現在は久川と一緒にいることを父親に話をした。


「大倉こなみか、その子って秀人のストーカーをしていた子だよな?」

「うん。ストーカーしてた子……」


 しばし間が開いた後、


「そうか、ありがとう。悪いんだけどさ、久川君に変わってもらえるかな? 彼にちょっと聞きたいことがあるんだ」


 朱里の父親である秀雄は博に変わるように促した。

 博に受話器を渡した後、朱里は急に眠気に襲われるのであった。壁にもたれ、朱里はそのまま目をつぶった。

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