8-3 クリーチャーズ

 “いいこと”を思いついたこなみはすぐさま行動に出た。

 自分の父親の背に手をかざす。すると大倉はのけぞり苦しみ始めるのであった。朱里の顔の前ですさまじい形相をさらす大倉。飛び出しそうな目玉に、太ももに滴るよだれ。その生暖かさが生々しい。


「あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝……」


 それから、耳につく大倉のうめき声。

 我に返った朱里はすぐさま二人から離れるのであった。手足をばたつかせ、後ろに下がる。壁に背中をつけ、足で体を押し上げて何とか立ち上がる。

 立ち上がった後、大倉の体が大きくなっていることに朱里は気がつく。呻く大倉の体がスーツを破り、膨れ上がっていく。アメリカンコミックの巨漢の怪物のように、咆哮を発する姿は言いようもない。

 こうして大倉は、朱里の計らいによって3メートルもの大男になった。


「お父さん。朱里さんを殺したら、この世界を返してあげます。私から大切な人を奪った人ですから……あ~あと、私をずっといじめてきた向月と東尾。見つけたら始末してください。そうしたら、ちょっとしたご褒美を上げます」


 娘よりも妻を愛していた男は頷くと、


「う〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝!!!」


 おたけびを上げ、朱里に迫ってきた。

 どうしても妻と再会を果たしたい。その思いはどこまでも膨れ上がっていた。血走った大男の目は飢え苦しむオオカミのような狂気が宿っている。

 裸の大男が迫ってくる。丸太のように太い両腕を広げ、大きな上半身が。


「な〝み〝え〝な〝み〝え〝な〝み〝え〝な〝み〝え〝え〝え〝え〝え〝え〝え〝え!!!!」


 最愛の人の名前を叫びながら襲い掛かってきた。

 左右を見た後、朱里はすぐに出口へと飛び込んだ。扉を開け、廊下に出る。そして、大男が壁を抜く轟音。崩れる音がした後、朱里はとんでもないものを見つけてしまった。


「わたしはわたしはあなたがすき……すきすきだいすき」

「わたしはきらいだいきらい……きらいきらいきらいきらいきらい」


 朱里の目の前に、廊下の角から現れたのは東尾。

 しかし、人間の姿ではなかった。二つ頭がついており、手足が昆虫のように3対存在していた。その姿はまるで、カマドウマのようであった。

 この肉でできた双頭のカマドウマは朱里を見た後、頭が真っ白になった。

 あまりにも恐怖に理性が飛び、朱里の本能が体を動かした。無心……心など、思考する余裕などない。だから、体が判断を下した。全力で薄暗い廊下を疾走することを。

 化け物になってしまった東尾は朱里を見るなり、捕食行動に入った。


「すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき!!」


 呆けた表情を浮かべている右の首はこう叫び、


「きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい!!」


 左の首は、般若のような形相をしていた。ゴルフクラブを持って向月を追いかけていた時の表情である。

 相反する言葉を発し、双頭は鎌首をもたげ、朱里を追いかける。

 しかし、大男がそれを阻止した。


「な〝み〝え〝な〝み〝え〝な〝み〝え〝な〝み〝え〝え〝え〝え〝え〝え〝え〝え!!!!」


 壁を破り、双頭のカマドウマを捕まえた。

 大倉は東尾の片方の首を捕まえると、握りつぶした。恍惚としていた首が死に、般若のような形相をしていた首が大倉の方を向く。


「きらいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 甲高い声が大倉の耳を苛む。耳をつんざく絶叫に大倉は顔をゆがめた後、般若の表情をした顔をつぶした。

 つぶした後、大倉は化け物を食らう――。

 言い難い租借音と血肉をまき散らした後、

 クリーチャーとなった東尾を始末した後、大倉はうずくまる。胸に焼けるような痛みを感じた。今までに感じたことがない耐えがたい苦痛。めまいがし、経っていられなくなる。その場で大男はうずくまった。

 女性で言うところの出産の痛みを感じていた。その痛みの末、男は望んでやまなかったものを手にするのであった。

 男の大きな胸板が真っ赤に避けた。

 その裂け目から胸像のようなものが現れる。

 30歳くらいの妙齢の女性だ。かつて、大倉の妻だった。つまり――


「な〝み〝え〝」


 こなみの母親でもある。

 彼女の存在を感じると、大倉は妻を大事に抱きしめた。大事な人を抱きしめるその力は以上に強い。


「う〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝!!!」


 胸にいる妻は叫び、つぶれてしまった。

 血が吹き飛び、粉々につぶれたのだが大倉の胸にいる妻は復活した。


「な〝み〝え〝……」


 彼女を生き返らせるため、大倉は何事も“いとわない”。

 靴をなめろと言われたら、なめるような男である。


 ――すべては妻を生き返らせるため。


 悪魔に魂を売り、悪魔に自分の娘をも差し出すような人間である。まともなわけがない。こなみに心身を改造されてもなお、その想いが潰えることはなかった。ただひたすらに妻の復活を望んでいた。

 だからこそ、大倉は朱里を追いかけるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます