8-2 父の裏切り、そして報復

 イッカクの牙のような右腕の角が、大倉の背に突き立てられていた。

 こなみに貫かれ、大倉は大口を開けて悶絶している。かぁと見開かれた目玉はぎょろぎょろ動いており、口からは血が垂れてきた。

 目を見開いている朱里は2歩下がると腰が抜け、その場に座り込んでしまった。腰が抜けてしまい、床を手で漕いで距離を取ろうとするのだが、思うようにうまくいかない。バタバタと手足を動かし、その場でもがいていた。


「私がお母さんを殺してしまったんですよね? お父さん」


 大倉は何も答えない。いいや、答えることができなかった。こなみに凄まじい憎悪を贈るのみ。


「最愛の伴侶を奪われたんですものね。私が産まれ、お母さんは死んでしまった。あなたは私を憎んだ。憎んで、憎んで――私を殺そうとした。けれどもできず、私を捨てた。……つらかったですよぅ。ずっとお父さんに捨てられたんだって思ってましたから。実際に、捨てられていましたしね」


 牙が腹を突き破る。白い角は紅く濡れ、点々と床に血を零した。朱里のつま先三寸に、大倉の血がしたたり落ちた。


「お父さんが迎えに来てくれた時、私……うれしかったんですよ。おじいちゃんとおばあちゃんに父親はいないって言われてましたから……」


 もう一本、大倉の背に角が突き立てられた。

 口から血をぶちまけ、それが朱里にひっかかる。


「なのにあなたは……私の純情を裏切った。あなたに愛されると思って、私は実験に参加した。なのに、なのに……あなたは私を見ていなかった。ずっと死んだお母さんのことばかり。本当はお母さんを生き返らせようとしたんですよね? ね? お母さんを生き返らせるために、DBLSを開発したんですよね? それから――モンストラムを完成させようとした。現実と等しい、仮想世界でお母さんとの生活を取り戻そうとした。この世界でお母さんを生き返らせようとしたんですよね? 私を……使って!」


 さらにもう一本、大倉の腹を貫いた。

 朱里は動けずにいた。


「あなたは……お母さんと一緒に幸せに暮らしたかったんですよね? お父さん。だから、しあわせを奪った私のことを憎んでいた。憎んでいたからこそ、私をDBLSの実験に放り込んだ。それを危惧し、児童相談所に保護をするように連絡を入れたおじいちゃんとおばあちゃんを殺した。事故に見せかけて……」


 脊椎をえぐられ、立てなくなった大倉はひざを折った。いつの間にか地面に落ちたナイフを拾うと、目の前にいる朱里に突き立てようとした。


「だぁめですよぅ」


 しかし、こなみによって制止される。

 次は角で頸椎を抉った。


「朱里さんの意識を殺し、メモリーから意識データが消える前に、ストック。ストックしたコードを利用して、アドミニストレーターを得ようとしていますよね? でも、だぁめです。この世界の管理者は私です。お父さんではありませんよ。ずっと、あなたに奪われ続けたんです。友達も、育ての親も、視力も……なにもかも。ですから、この世界くらいはもらっちゃってもいいですよね? だって……あなたにもらったものはなぁんにもないのですから」


 淡々と語るこなみだが、その言葉尻には感情のようなものが朱里には感じられた。

 それがとても恐ろしかった。恐ろしくて、身じろぐことすらままならない。その場で震えることしかできなかった。


「生き返ったお母さんとお話をしました。……先ほど、あなたが再会して拒絶された人です。あなたがそのナイフで殺した人ですよ。ずっと愛している人を殺すなんて、どうかしていますけれども」


 せせら笑った後、大倉が聞きたかったことをこなみは語る。


「あなたが消したお母さんの記憶を蘇らせて、お母さんにお話をしたんですよ。私がこれまでどんな仕打ちをお父さんから受けてきたのかを。そしたら、お母さんはカンカンに怒っていました。あなたはひどい人でも、お母さんは違った。とても優しくって、いい人でした。あなたなんかと違って……」


 こなみは大倉の体から角をすべて抜いた。そして、つま先で大倉の背中を押す。前に倒れる大倉は朱里に倒れ掛かる。

 大倉の頭が、朱里の下腹部に。


「痛っ!」


 体が動かなくなっても、あきらめられなかった。最愛の人を何としても生き返らせたかった。だからこそ、かみつくという泥臭い行為に至った。

 そんな父親を哀れんだのかどうかはわからない。

 こなみはこんなことを思いついた。


「そんなにお母さんのことが好きですか? なら――それなら、その願いをかなえてあげましょう」


 こなみはにやりと笑うと、茶目っ気たっぷりはにかんだ。


「……いいことを思いつきました」

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