第八話「迫りくる悪意」

8-1 父来る

「お父さん!」


 プロジェクターがスクリーンに映し出しているのは、朱里の父親の顔だった。

 スクリーンの父親は、今朝リビングで見た時よりも目のクマが濃い。いつも以上にやつれている。それもそのはずだろう、大切な娘がサイコハザードに巻き込まれてしまった訳だ。


『朱里――いや、あ~じゃないかもしれん。私の娘が見ているかはわからんのだったな。こちらからはこの映像データを送り付けるので精一杯だ。セキュリティがかなり厳しい。それに、送れるデータもちょっとだけ……だから、要点だけ伝えねばな』


 こう前置きした後、朱里の父親は言った。


『私はシステムエンジニアの児島です。この映像を見ている方へ……とにかく、伝えたいことがあります。私はあなたを――あなた方を現実世界に還すべく、尽力しています。それから――今、あなたは大倉こなみという人物によって、サイコハザードが発生しております。いわゆる、デスゲームに参加している状態です。至急、展望台以外の公共施設に退避してください。退避した後は、ど……』


 映像と音声はそこで途切れた。

 プロジェクターが爆発したのだ。大きな音と閃光がし、身を縮こませる朱里。それから、気づいた。部屋の入口に、何者かが立っていることに。


「今のは君のお父さんかい? 娘想いのいい人だね」


 大倉という紳士だ。えびすのような笑顔を浮かべている男は、ゆっくりと朱里に近づいてくる。大倉が浮かべる笑みに、何かよからぬものを感じ取り、青い顔をして朱里はそっと後ずさる。

 高校の視聴覚室の出入り口は二つ。

 大倉が現れたのは入り口。朱里は背にある出口へと向かう。


「彼は――私の知り合いだよ。一度と言わず、何度も顔を合わせている。君に分かりやすく説明するならばね、サイコハザードをいかに減らせるか。そのレポートを毎月彼から頂いている。そのおかげで、一時は世界で月に1万2千件以上も発生していたサイコハザードが少しずつ減りつつあるよ。まぁ、それでも月に1千件は発生してしまうけれどもね」


 引笑いをした後、大倉は両手を広げた。


「DBLSはさらなる発展を遂げるだろうね。けれども、私にとってそんなことはどうでもいい。これは私の目的の副産物でしかない。とある目的のためにね、どうしても金が必要だったから、私は悪魔に魂を売ったに過ぎない。どうしても必要だったから、娘をDBLSの実験に使ったまでだ」


 娘をDBLSの実験に使った。

 はっきりそう聞かされ、こなみの過去がよぎった。父親から愛されることを信じ、DBLSの実験に参加していた少女の姿が……。


「それって――あの、娘さんって、大倉こなみのことですか?」


 朱里が質問を行うと、大倉は笑った。


「そうさ、このサイコハザードの首謀者だよ。どうも私を恨んでいるみたいだね。まぁ、そうだろうな……アメリカに行ってから、酷な実験ばかり強いてきている。恨まれるのも仕方がないか」


 この男が大倉こなみの父親。娘を実験体にした男だ。まともな訳がない。

 そんな男が朱里を見る目は――獲物を見つけた猛獣の、まさにそれだ。

 笑みが消えた男に、灯るのは執念の炎。とある目的のために、男は何もかもを捨てる覚悟をしている。何としても果たしたい願望を果たすために、大倉は狂っていた。狂うほか、なかったのだ。

 その理由を朱里に語る。

 急に牙を剥いた娘のせいで何もかもが無に帰してしまう前に。


「君には悪いと思っているがね、うん……私のために死んでくれないだろうか? 妻を……なみえを生き返らせるために、ね」


 大倉の口角が急に吊り上がる。

 刹那――朱里との距離がゼロとなった。

 大倉はスーツの内ポケットに忍ばせていたナイフを取り出すと、それを朱里の胸に突き立てようとした。

 しかし、意外な人物によってそれは阻止された。

 死んだと思い、思い切り目をつぶった朱里だったが――待てど一向に、ナイフのひと突きが来なかった。目を開けてみると、大倉が口を上げ、瞳を揺らしていた。のけぞり、水揚げされた魚のように口をパクパクさせていた。

 しかも、わずかに宙に浮いている。つま先が地面から離れていた。


「あ……あっ……」


 そして、嗚咽を漏らしてる。

 何者かがこのマッドサイエンティストの背中に一撃を見舞ったようだ。


「お母さんに拒絶されたのが、そんなに悲しいのですか?」


 こなみだ。

 朱里は大倉のせいで見えないが、凄まじい形相を寄こしている。ありたけの憎しみがこもっている表情は、父親に向けるものでなかった。

 耐えがたい激痛に侵され、大倉は何も答えることができない。

 そんな父親にこなみはぽつりぽつりと語るのであった。


「この世界にいるお母さんたちを食べても、あなたはアドミニストレーターを得ることはできません。お母さんを食べて身体能力が上がったと思っているでしょうが、私をたおすことができませんから――」


 こなみは嗤うと、


「それに、あなたにはもっと苦しんでもらいたい。私が苦しんだようにもっと……ふふふ、くるしまなくちゃ。もっと、もっと、もっと、もっと! なので、私はあなたを“鬼”にします。化け物になって、朱里さんをもっと苦しめてください。お父さん、彼女を食べれば――お母さんともう一度会わせてあげます……ふふふ」


 両肩を震わせながらこう言った。

 その口角は鋭く吊り上がっていた。

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