7-3 私のために……

 目の前で、放たれた閃光と大音響。

 耳の中に残る銃声は、頭の中まで響いていた。脳を揺らされた朱里は、向月の行動に息を呑んだ。まさか、こんなにもいともたやすく人を殺してしまうとは思わなかった。体が凍り付いたかのように身じろぐことができなかった。

 リノリウムに横たわる東尾はピクリとも動かない。彼女のことを好いていた博は、この突然の出来事に唖然としていた。水揚げされた魚のように口をパクパクさせている。


(親友……でないにしろ、こんなに簡単に人を殺してしまうなんて)


 信じられない出来事だった。


「なんで……なんで……なんで――」


 うわごとのように博は繰り返している。向月が東尾を殺したという疑問を。

 それは向月にとって他愛もない疑問だった。


「なんでって言われても困るわ。私としてはさ、嫌いな奴をしょうがなくぶっ殺しただけだから」


 片方の口角を釣り上げた後、向月は続ける。


「血濡れのゴルフクラブを持った人に追いかけられてさ、あたしは殺されかけた。そんな時、銃を持った人に出会ってさ。心優しいその人から私は銃を貸してもらった。それを使ってさぁ、襲い掛かってきた東尾から私は身を守るために、やむなく殺した……あとは、あなたさえいなくなれば私の正当防衛が成立する」

「正当防衛ですか」こなみは息を吐くと、「そこにいる二人が、あなたが躊躇なく東尾さんを殺すのを見ている訳ですけど、それは?」


 肩を揺らし、向月は顎をしゃくった。


「別にどうってことはないわ。だってさ、こんな人を殺す奴と誰が仲良くしたいと思う訳? いないでしょ? この事件の後に、二人にはお金を渡すつもりだから。子供に金さえやっておけばいいってパパだからさ。娘のために惜しむことなく金を出すはずだから。知ってた? お金ってすごいのよ。何でももみ消せるの」


 向月は朱里と博の方を見た。

 その瞳に宿る狂気に、朱里と博はくぎ付けとなる。何が彼女の思考を極限まで自分本位にしたのだろうか? ここにいる誰しもが皆目見当がつかない。


「私だってさ、そこまで冷酷な人間じゃないから。ちょっとこじれてしまったけれども、この世界に来てから児島には助けられた。博はこれまでのお詫びを……しなきゃいけないって思っている。ていうか、もともと博にはお金を払うつもりだったしね」

「なるほど。義理堅いところがあるんですね」


 こなみが意外そうな顔をした後、向月は語る。

 どうして二人を助けるのか。その理由を。


「義理堅いというか。なんだろうね……私はこの2人だけは助けたいって思っている。2人は私のことを無視はしなかった。児島はこの世界に来て困っている私を見た時にさ、声をかけてくれた。まぁ、逃げようとしたけど……そこに横たわっているクソ女がぶっ叩いたからチャラだわ。あと、キッチンタイマーを服に仕込んだ件もね。児島が言った通り、パーカーのフードの中に仕込んでいたのよ」


 キッチンタイマーはこの世界に来る前に持っていたものだと語った後、向月は続ける。


「博はね、初めて会った時――東尾じゃあなく私に話しかけてくれた。だから好きよ。できれば、結婚相手にしたかった。けれども、あいつは東尾のことが好きでたまらなかった」


 博の方を向いた後、向月はにっこりと笑う。

 向月が東尾を撃ってから、朦朧とした状態にある博。石のように固まり、うわごとを繰り返している。好きな人が死んでしまったショックのあまり。

 しかし、向月の笑顔を見て――石化は解けた。

 喪失の穴を埋めた感情は恐怖だった。心の穴に突き刺さる恐怖に、博は表情を崩した。向月があまりにも怖ろしく、腰を抜かした。ガチガチ歯を鳴らし、向月から遠ざかる。できれば姿が見えなくなるまで……しかし、博の背に着いた壁がそうさせてくれなかった。

 恐怖におののく博の姿を見て、向月は一言。


「いい反応ね……」


 自分がどう見られているか、そのことだけを気にしていた。

 向月は博の視線を感じ、恍惚とした。


「ごめんね、博……悪いけどさ、私……こうなの。本当の姿はこう――どうしようもなく、悪い人間なのよ。醜いの。だから、容姿はかなり気を使っているのよ。それにあたしってさ、自分のためにいとわないところがあってさ、自分がどう見られているのか、そればっかりを気にしているの」


 それから向月は引き笑いをした。底冷えするような笑い声はおぞましく、まるで悪魔に憑りつかれた人のようであった。

 この引き笑いのち、朱里は何とか持ち直した。太ももをつねり、冷静さを取り戻す。こなみにかけられていた金縛りは気づかぬうちに解けていたらしい。なんとか正気に戻った朱里は呼吸を落ち着かせると、向月とこなみに視線をやった。


「無視をした……ただそれだけで私は敵ですか? あなたをそうさせたのは何ですか?」


 こなみの質問に、向月はこう答えた。


「わからない。ただ、私は人から見つめられたいだけよ。誰からも羨ましがられたいの」


 この回答のち、向月は撃鉄を引き上げた。

 向月の殺意を感じ、こなみはため息をついた。


「……なるほど、あなたが救いようのないことはよく理解しました」


 こなみの眉間に狙いを定め、まったく躊躇なく引き金を引く。


「私のために、死んでくれるぅ?」

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