6-3 怨讐


「なぁ、児島。何があった?」


 問われ、朱里は瞳をわななかせた。


「大倉こなみって子ね、さっき……話したじゃん」

「あぁ、言っていたね」頷く博。「彼女がどうかした?」


 言うべきか、それとも、黙ったままにすべきか。何があるか、何が起こるか、まったくわからないこの状況。どうすべきかを身近い間で朱里は判断する。


「やっぱり……いい。何でもない。ごめん、気にしないで」


 言えるわけがなかった。

 助けてと言ってほしかった。しかし、これは――自分とこなみの問題だ。それに、こなみは自分の親友である兄の彼女を傷つけた。そのことが引っかかっていた。謝罪をする気は全くない。

 こなみが友情を裏切ったことに対して、怒っている。それ以上に、朱里はこなみが親友を傷つけたことが絶対に許せなかった。


「それよりも――来てくれて、ありがとうね。久川」


 朱里に微笑みかけられて、照れる博。


「あぁ、いや……間に合ってよかったよ」


 恥ずかしそうに、鼻をこする博。感謝され、口元が少しだけ緩んでいた。

 博としては、大倉こなみに対してあれこれ聞きたいことがあった。が、深く追及はしないでおくことにした。朱里の表情が先ほどの恐怖でまだ強張っている。だから、あいまいに覗うことにした。


「ケガ――は、していないみたいだけど……何かあった?」

「うん、あ~、うん……えぇっと、自分でもどうしてかはわからない。右肩にね、穴が開いているじゃん」


 神妙な顔をして、相槌を打つ博。


「さっき、あの……刺されたんだけどさ。血がどばって出たし、めっちゃ痛かった。でもなんか、わからないけどね。今はチリチリしているだけというか。なんなんだろうね? よくわからない」


 博がやってきた時、確かに朱里の肩に何かが突き刺さっていた。

 それもかなり深く。なのに、傷がない。


「わからないことだらけだなぁ、児島。わかる人がいればいいんだけれども」

「そうだよねぇ」


 わかる人――と言われて、思い浮かんだのが自分の父親だった。朱里の兄を、兄の彼女を現実世界に戻したシステムエンジニア。


「お父さんがいてくれたらなぁ……」

「なんでお父さん?」

「前に言ったかもだけど、お父さん。システムエンジニアなの。サイコハザードを何とかするお仕事をしているんだ。だからさ、いてくれたら大丈夫というか……」

「よくわかんないけど、児島のお父さん。結構すごい人なんだね?」

「……うん、たぶん」


 頼りない返事をした後、児島の手を借りて立ち上がる朱里。こなみに傷つけられ、いつの間にか治った部分はもう痛みはない。けれども、大きな疑問が残るばかり、だ。


「そうだ。詳しいと言ったらさ、あの――雅を助けたおっさんもそれっぽいじゃんね。あの人も児島のお父さんと同じシステムエンジニアなのかな? 公共施設に行ったら、現実世界と通信できるかもってわかりやすくいってくれたけどさ」

「そうだよねぇ……」


 ここで朱里は――考える。大倉という男が、こなみとどういう関係にあるか。先ほど朱里は、こなみの半生を覗き込んだ。その情報をもとにして出した結論は――。


「あ~ひょっとしたらさ、あのおじさんね。大倉こなみのお父さんかもしれないね」


 突拍子のない一言に、きょとんとする博。


「どういうこと?」


 朱里は語る。その理由を。


「さっき、ゲームマスターの顔を見たんだ。久川がここに来る前に、ゲームマスターと話をしたんだよ」


 動揺する久川。顔を、視線を動かして挙動不審だ。

 さらに朱里は続ける。


「大倉こなみだったんだ。向月と東尾がいじめていた子ね。それで出会ったときにさ、大倉がさ、私に自分のことを話してくれたというか。結構、壮絶なお話だったよ。DBLSってあるじゃん?」

「あぁ、うん……ゲーム機な。今さ、絶賛使っているやつな」


 二人とも、どんよりした顔を突き合わす。

 ベッドの上でDBLSのゲームギアを装着している訳だ。それさえなければと考えると、何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

 朱里はプラス、幼少期のこなみに対する憐れみ。先ほど出会った男かどうかはわからないが、父親に実験に使われた。そのせいで髪が白くなり、人からは好奇な視線を集めた。それでこなみはずっと苦しんでいた。


「あの開発者なのかなあ。それっぽいことを話していたような気がする」


 厳密には話をしていない。映像を観させられていた。

 その時に――DBLSという単語をこなみの父親らしき人物が連呼していた。


「う~ん、そうか」博は腕を組むと、「そしたらさ、児島はゲームマスターがどうして俺たちを集めたか聞いた?」


 この質問に朱里は眉間を狭くした。唇をかみしめ、何と答えたらと考えあぐねる。

 厳密に聞いたわけではない。完全なる推測だ。


「きっと――おそらくだけど、大倉こなみが殺意を抱いている人たちがここに集められたんじゃあないかな?」

「どうして?」


 言い難いことであった。

 けれども、朱里は博に伝えなければいけなかった。


「大倉って人が、仮に父親だとするとさ、娘を虐待していた。向月と東尾はいじめていた。久川がここに呼ばれた理由はわかんないけどさ。だって私――大倉こなみを当て馬にして、自分の親友とお兄ちゃんをくっつけようとしていた」


 だから、殺されても仕方ないのだと。

 しかし、博にはわからないことがあった。自分がこの世界に連れてこられた理由だ。なぜなら、博は大倉こなみとの接点がこれまで全く存在しないからだ。

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