6-2 ゆるさない……

 こなみの右腕から繰り出される牙。


「殺してやる」


 絶対に許さないという想いが込められた一撃は、とてつもなく重かった。闇かかる展望台の壁に、無数の穴が穿たれる。

 朱里が走って逃げる方向を見定め、鋭く穿ってくる。展望台の壁にいくつもの穴が開くのであった。

 血の涙を流すこなみは、自分を裏切った朱里を許せない。ましてや、助けてくれと許しを乞うと思っていたのに……何としても朱里を串刺しにしないと気が済まなかった。こいつの裏切りがなければ、朱里の兄と結ばれたはずだとこなみは考えていた。こいつの裏切りさえ、なければ……私は幸せだった。今はそう考えている。

 朱里もこなみに対して思うところは色々あった。色々あるのだけれども、今は腹が立っていた。

 兄のストーカーをしていた女に殺されるわけにはいかない。リノリウムを蹴る朱里の足裏は力強かった。

 その足音を頼りに、こなみは執拗に朱里を攻撃する。

 攻撃のペースは4秒に1回。パターンとしては、足元よりもやや上のあたりから、骨盤あたりを狙ってくる。朱里とこなみの距離は3メートルほど。なのにまるで見えていないようだった。暗いせいだろうか?

 サイコナイトのプレイアブルキャラクターである牙の男と攻撃の仕方が一緒だなと、途中で、朱里は気づく。ひょっとしたらと思い、攻撃が止んだ瞬間にピタッと制止する朱里。だるまさんがころんだという遊びの要領で息を止め、その場で石のように石化する。


「……隠れても無駄ですよ、朱里さん。私にはわかるんですから」


 案の定だった。こなみは周囲を見回していた。

 展望台の内部は暗い。特に窓の類が一切ない1階は電気がついていないし、外が霧がかって曇っているというのもある。


「どこですか!? どこにいるんですか!」


 すぐそばに朱里はいた。

 だが、こなみにはわからない。見えていなかった。目の前にいるというのに。


「あなたのせいで私は! わたしは……せんぱいに、わたしはせんぱいと結ばれるべきだった。せんぱいと荒川がキスをして、恋仲になってから、私は地獄でした……本当に地獄だったんです!」


 反響するこなみの声。空気が波打って、せわしなく壁や床に跳ね返る。

 朱里は失念していた。今のこなみは耳がいいということに。


「そこですね!」


 刹那、朱里の左肩が貫かれる。リノリウムに血が滴り落ち、粘りついた。顔を歪ませた朱里は痛みのあまり、その場に座り込んでしまった。


「痛い……なんで――なんでわかったの?」


 エコーロケーションというものがある。

 これはイルカや蝙蝠といった動物たちのように、自分の発した音(超音波)の跳ね返りを使って、自分の位置や何がどこにあるかなどの周囲の状況を探知するものである。

 自分の発した怒声、その跳ね返りによって、朱里の場所をこなみは特定した。これは口を利けない牙の男にはできないことだった。

 牙の女は朱里に詰め寄る。じらすように、もったいぶるように。

 朱里は後ずさるが――壁に背が付き、追い詰められてしまった。こうなってしまったら、どうしようもなかった。死の覚悟をするしかなかった。


「ゆるさない……」


 右腕を鋭い槍に変えるこなみ。朱里の頭を貫くためだ。

 朱里は思いっきり目をつぶり、瞼の裏に描かれる走馬燈を見た後――何もかもをあきらめた。こんなところで人生が終わってしまう。こなみに殺されてしまう。

 でも、どこかでこうなることが分かっていたような気がする朱里。

 右肩からこぼれていく自分の熱。自分を見下すこなみの瞳から滴れる赤い雫。


「友達だと思っていたのに……」


 その言葉の後、こなみは右腕を振り上げた――。

 何もかもが終わった。

 そう思っていたが、銃声によってそれは阻まれた。どこからともなく現れた博によって朱里は助かった。

 頭を撃たれたこなみはその場に横たわり、動かなくなった。

 あまり見たくないものは暗がりによって隠されていたが、生臭いにおいが鼻につく。急に気持ち悪くなり、人目をはばかることなく朱里はその場でおう吐した。


「大丈夫か!?」


 駆け寄る博。


「久川……」

「児島、大丈夫か!? どうした、さっき何があった?」


 先ほどまで死の恐怖と戦っていた朱里。

 博がやってきて一気に緊張が緩んだ。なりふり構わず博に抱き着くと、朱里は幼児のように声を上げて泣き出した。

 博はただ黙って、朱里を抱きしめるのであった。

 細い両腕に抱かれ、小さな丘陵が博の体に押し付けられる。


「大丈夫、大丈夫……俺がいるから大丈夫だって――」


 博には向月という彼女がいる。朱里を抱きしめることに、罪悪感があった。けれども今は仕方がなかった。泣いている女の子に冷たくするのは人としてどうかと考えていた。自分の彼女である向月が、朱里のことを嫌っているのは薄々わかっているのだけれども。


「児島、肩――」

「あっ……」


 朱里の右肩が赤く濡れているを知ると、すぐさま手当てにかかろうとしたが――。


「あれ? 血がついているだけだ。布が破けているだけだな?」


 朱里の傷は消えていた。ついでにこなみの死体も跡形もなく消えていた。

 傷は完全に治っていたが、まだ、痛みは残っていた。

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