第六話「牙の女」

6-1 少女の煩悶

 ……大倉こなみは朱里の友人だった。

 だが、縁を切った。なぜなら、朱里は彼女を利用しようとしたからだ。

 友人だった当時、朱里はこなみを当て馬にして、まだ兄と恋仲でなかった兄の彼女と兄の仲を何とかしようとしていた。そして、こなみとの友情を裏切った。その結果が実って、今ではカップルだ。見ていて腹が立つほど仲睦まじい。

 でも、その前に……こなみのせいで兄の彼女は傷ついた。こなみのウソのせいで、兄の彼女はデスゲームを起こして、兄を殺そうとした。

 先ほどまで恐怖でおののいていた朱里だったが、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

 立ち上がると、朱里は声を張り上げた。


「そういうあんたもさぁ、兄ちゃんのストーカーをしていたよね? いっぱい盗撮しまくってさ、あんた……部屋に飾ってたよね? 写真。あとさ、あんた……あの事件の後にさぁ、あんた、薫さんを殺そうとしてたでしょ? 私、あんたのそういうところが嫌だった。嫌いだった――」


 朱里はありったけ文句をこなみにぶつけた。

 すると、再び展望台の壁からこなみが現れた。

 あからさまな殺意をまとって、朱里の前に。一瞬、たじろいで言葉が切れたが、朱里は続ける。


「あんたが、あんたの父親からひどいことされたのはわかった。向月や東尾にいじめられてつらかったのもさ、わからなくはない。けどさ、あんたは……私の大切な親友を、傷つけたんだ! 家族をこそこそ追い回してさ、盗撮を……あんた、犯罪行為をやってたんだよ! 私の家族に……許せる訳ないじゃんね!」


 こなみも朱里の剣幕に負けじと反論する。


「私はあなたのことを親友だと思っていました。けど、あなたは裏切った。裏切ったんですよ! 私が……確かにストーカーをしてしまうほど舞い上がったことは反省すべきことかもしれません。けど、けど――」

「けど何なの? あんたがウソをつかなかったら薫さんはデスゲームなんて起こさなかった。兄ちゃんをあんな目に合わせたのはあんたのせい。結果、あんたは兄ちゃんに絶交を言い渡されて、兄ちゃんは薫さんと彼氏彼女になった。こうなったのも自業自得なんだよ。あんたみたいな気持ち悪いストーカー女と友達でいられるわけがないじゃんね。あんたなんかいなければよかったんだ。あんたのお父さんがあんたに言ったみたいにね!」


 怒りに任せ、めちゃくちゃなことを言う朱里。この場での生殺与奪はこなみが握っているというのに。

 いなければよかった、怒りに任せて飛び出した何気ない言葉。

 それがこなみの心を深く傷つけた。両目から、したたり落ちる赤い雫。血涙がこなみの白い頬に深い哀しみの痕を残すのであった。


「確かに私は、いらない子ですよ。父は母を深く愛していた。なのに私は、産まれてきた。産まれてきたせいで……私は――」


 朱里が我に返った時には遅かった。


「あなたに私の何が分かるって言うんですか! あなたは、あなたは私と違ってお父さんやお母さんに愛されて、甘やかされて今まで生きてきた。なのに……あなたは、あなたは、あなたはぁ!」


 こなみは思いっきり、朱里を壁に突き飛ばす。壁に激突し、後頭部を強打した朱里は悶絶する。小さな女の子とは思えない力に、朱里は恐怖を感じたが怒りは冷めなかった。もっとこなみに言ってやりたいことがあった。後ろ頭が痛いが、関係ない。


「わかる訳ないでしょ! あんたの複雑な家庭の事情なんて、興味なんてないわ! 知ったこっちゃない。そういう話は保健室にいるカウンセラーにでもすりゃあいいじゃん。私にされても知らんし、私にしたところでどうにもならないから。ていうか、私をこんなゲームに呼んだのは何? なんなの?」

「もちろん殺すためにですよ。だって――だってあなたは、裏切った。親友だと思っていたのに」

「うるさい! ていうか、さっきから親友親友うるせぇし。私、あんたのこと、一度も親友だなんて思ったことはないから」


 その言葉が引き金となった。

 できた好きな人と同じくらいに、クラスで話をしてくれる人の存在はありがたかった。朱里以外にもそういう人はいたけれども、あまり長くは続かなかった。けれども朱里は違った。違ったのに――。

 こなみの心の中では“裏切られた”その言葉が反芻していた。反芻し、憎しみが増幅する。

 急に沸き上がった憎しみはこなみを暴力に駆り立てた。


「あああああああああああああああああああああ!!!」


 絶叫とともに右腕を牙に変え、朱里の体を串刺しにしようとした。白い穿角のようなものが朱里を襲う。これに気づき、倒れ、朱里は事なきを得た。しかし、休む暇はない。すぐに立ち上がって、展望台の中を走り回る。

 牙は何度も朱里に繰り出される。


「何度も言うように、私はあなたのことを……あなたのことを親友だと思っていたんです。いたんですよぉ。なのにあなたは、あなたは……私を、私を裏切ったぁ!」


 何とか、泣きじゃくるこなみの攻撃をかわす朱里。

 展望台という小さな空間でゲームマスターとの鬼ごっこが始まる。捕まってしまったら最後、朱里は死んでしまう。何が何でも捕まる訳にはいかなかった。

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