5-5 再会

 滴る汗がリノリウムに落ちた。

 展望台の床の音が鼓膜に震わせるほど、屋内は静かであった。


「大倉こなみ……」


 喘ぐように、朱里はつぶやいた。

 大倉こなみはにっこりし、さも嬉しそうに頷く。


「本当に久しぶりですね、こんなになる前にあなたに再会できてよかった。あなたの姿をはっきりと見ることができる」


 恐ろしすぎて言葉が出ない朱里。

 本当に何にも言えなかった。恐怖で体が凍り付いている。こっちにゆっくりとやってくるこなみにくぎ付けだった。


「先ほどあなたが見たものは、私の過去です。私がどういう想いを抱いて生きてきたか、理解できましたか?」


 朱里は無言を貫いた。

 口を全く利かない朱里。こなみはそれを肯定と見た。


「理解、できたみたいですね。声も出ないくらい衝撃的だったようで――」


 柔らかい表情をしていたこなみだったが、急に鋭くなる。こなみは朱里に対してひとつ、許せないことがあった。


「あなたのせいで、私は先輩と結ばれなかった。荒川薫とせんぱいを恋中にするために、あなたは私を当て馬にした」


 今までに聞いたことがない、鋭い声だった。

 糾弾され、朱里はただただうつむくばかり。それしかできなかった。


「私が、私の……せんぱいへの想いを、せんぱいのことが、大好きだった気持ちを……あなたは利用した。土足で踏みにじった。私の全部を奪った」


 詰め寄られ、朱里は目をつぶった。瞼の裏に、この場を切り抜けるための答えが書いてある訳ではなかった。再び目を開けると、細長い牙を突き付けられていた。無論、朱里の喉元に、だ。こなみの恨みは相当なものだった。


「わかっています? 朱里さん」


 頷くことすらも、瞬きをすることも恐怖でできなかった。本能が訴えていたのだ。絶対に動いてはならないと。その肉体言語に従う朱里。


「……せんぱいにも、せんぱいの彼女さんにも罪はありません。ですが、あなたには罪がある。あなたは私を裏切った。裏切られて――私は途方もない哀しみを感じた。耐えがたい心の傷に身を焼かれ、私はあなたを殺す夜を何度も思い描いてきました。あなたが苦しんで死ぬ姿をね……」


 こなみの右腕は牙と化している。その牙は震えていた。朱里をそれで貫きたくてたまらなかった。込み上げてくる怒りにすべてをゆだねたい。自分を裏切った朱里を殺したくって、たまらなかったが、しかし――そうする訳にはいかない。


「私はあなたを殺したい。けれども、ただ殺すのはつまらない。あなた以上に苦しめたい人たちが3人ほどいます。まずは――その方々からですね。きちんと混ぜて、ぐちゃぐちゃにしてあげなければ」くすくす笑いながら、こなみは言った。「あなた以上に、私は殺したい人たちがいます。まずは、その方々からが、いいですねぇ」


 不敵な笑みを浮かべているこなみは、ニヤニヤしながら牙をひっこめた。


「デスゲーム、愉しんでくださいね。朱里さん」


 それだけ言うと、こなみはその場から消えた。その際は、ろうそくに灯る火を吹いて消したかのようだった。

 誰もいなくなり、朱里は両ひざを折った。四つん這いになって打ちひしがれる朱里。

 悔やんでもどうすることもできない。なぜなら、自分はこなみを裏切ってしまったのだから。朱里はただただ、過ちを悔やむ。過去を変えられないことはわかっていたが、もう取り返しがつかない。


「お父さん……」


 恐怖と罪の呵責の濁流に呑まれ、朱里は思わずつぶやいた。

 兄がデスゲームに巻き込まれたとき、父親が言っていた言葉を。自分がデスゲームに巻き込まれたとき、助けに来てやるという言葉だ。それを彼女は信じている。朱里の父親が、いつ助けに来てくれるのか、わからないが……。

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