5-2 暗夜行路

 展望台の入り口前で抱き合う向月と東尾。

 顔の整った二人の少女が抱き合っている。

 東尾は体を使って向月への想いを表現する。向月の名前を連呼し、強く抱きしめていた。これを受け入れる向月は、やわらかい笑顔を作っている。

 努めて、柔らかく、自然な笑顔を……。

 東尾に熱い視線を送る博の隣には、大倉という細身の紳士。抱き合う少女を見つめている光には生気がない。

 朱里がそのことに気づいたとき、向月は東尾に耳打ちをしたらしい。表情が歪む。

 向月と東尾が見つめ合った後、東尾がものすごい剣幕で朱里に元へやってきた。無表情の目つきの鋭い女に胸倉をつかまれる朱里。


「なに?」


 東尾は何も言わない。

 黙し、朱里をにらみつけると―― 一発、張り手をかますのであった。

 乾いた音が一つ。

 右頬を張られて、朱里は左を向く。


「……後で覚えとけよ」


 朱里の頬に紅いモミジが一つ。

 この凶行に、唯一の大人である大倉はニコニコしていた。常識があれば、たしなめたり、事情を聞いたりするのだろうが、笑っているだけで何もしない。

 博はというと苦虫をつぶしたような顔をしていた。顔を歪ませているだけで、何も言わなかった。ただ、どこか打ち付けたかのように痛みに耐える表情をしていた。何もけがをしていないというのに。

 ぶたれたところが熱を持っている。ヒリヒリしてとても痛い。朱里は張られた頬を手で押さえていた。

 勝ち誇る向月は冷ややかな目を朱里に向けた後、東尾とともに展望台の中へと入っていった。ずっとニコニコしている大倉も二人に続く。

 3人が展望台の中に入ったが、博はその場に立ち尽くしていた。

 心配そうに朱里を見つめている。


「あぁ……児島。ごめん、雅が――」


 彼女はひどい女だが、彼氏はそうではなかった。心配そうな顔を博は朱里に向けている。


「心配してくれてるの?」


 黙って頷く、博。

 しおらしくしている博を見ているとなんだかおかしかった。笑いたかったが、我慢する。展望台の扉の向こう側に向月と東尾がいそうだから。

 それでも、これだけは言わずにいられなかった。


「久川、そういえばあんたは知ってる?」

「何のこと?」

「大倉こなみ」


 その名前を聞いて、博は誰かわかったらしい。ほんの少し口が開いた。


「一年の時の雅のクラスメートだよな? 雪ウサギみたいに白い子だって言っていた。確か――学年上がるときに転校したっけか。アメリカだったかな?」


 やはり知っていた。

 向月に対して、悪いという感情は捨ててしまった。


「その子をさ、向月がいじめていたんだよ」


 朱里は遠慮することなく、向月の悪事をさらけ出した。大倉こなみをいじめていたことを博に告げた。

 それだけ告げると、朱里は展望台の中へと突き進む。あとのことは知らない。

 朱里が建物の中に入るのを見つめた後、博も続く。

 展望台の扉をくぐると――そこに3人はいなかった。どこにいるのだろうかと見回すも何もない。がらんとした受付と螺旋階段が佇んでいる。歩くたび、靴音がかなり響くが、他の3人のものはまったく聞こえない。静まり返っている。

 その上、時間が経っても博が建物の中に入ってこなかった。

 これが妙で妙で仕方がなかった。博の性格からして、中に入ってきそうなものなのだが。


(……なに? これ――)


 いるはずの人たちがいない。

 これほど恐ろしいことはなかった。足が震え、歯の音が合わなくなる。

 この静寂の中で、朱里の思考は加速する。

 ひょっとしたら、あの紳士が――このデスゲームのゲームマスターなのだろうか?

 思考は加速する。

 あの男が展望台に入って救助を待とうと言っていた。その男に向月は助けられ、簡単に信じてしまった。何があったのかはわからないが、男のマッチポンプだったら……考えたくないありとあらゆることに支配される。

 この犯されるような感覚に、包まれて朱里は悪寒を感じている。背を丸め、体を抱く。顔じゅうのしわが寄り、その心中を丹念に表現した。

 ひどく恐怖で歪んでいる。


「だ、だれか!?」


 朱里は声を出さずにはいられなかった。顎が震えて、舌がうまく動いてくれなかった。呂律が回っていない。


「だれかぁ!?」


 本当は誰かいませんか? と、言いたかったが途中で切れる。

 二度ほど呼ぶが、声は響き渡るだけだった。その残響はこのがらんどうの中に重く沈んでしまった。

 ここにいたくない――その思いが、朱里を外へ向かわせた。

 入ってきた場所に戻り、外への扉を開く。


「な、なにこれ?」


 展望台の出入り口は開いたが、外へと通じているわけではなかった。開いた扉の向こう側には、漆黒が広がっていた。光源は何もなく、完全に闇の中に閉じている。これを見た朱里は身の危険を感じ、引き返そうとしたのだが、


「きゃ!? えっ、ちょ……」


 背中を何者かに押されてしまう。

 闇の中に放り込まれ、無理やり扉を閉められた。その扉は一瞬のうちに跡形もなく霧散してしまった。

 出入り口のない謎の空間に放り込まれ、朱里はどうすればいいのかわからなくなってしまった。何をすべきだろうか? と、考える頭も恐怖のせいで存在しない。ただ、何も言えずにその場でうずくまっていた。

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