第五話「ゲームマスター」

5-1 東尾との出会い

 夢の浜の外へ行けば、向月と博は現実世界に帰ることができると思っていた。

 だがしかし、まったくそんなことはなかった。

 ここは馬場葦の展望台。夢の浜の北側、反対側に出てしまった。

 うっそうとした森と漂う乳白色の瘴気がそこにある。霧が広葉樹のまるい葉にかかり、木々を不気味に揺らしている。そんな印象を朱里は受けるのだった。


「出られなかったね……」


 肩を落とす博に、そっと言葉をかける朱里。

 相当ショックだったのだろうか?

 襲ってくる無数の老婆と激しいチェイスを繰り広げた結果がこれだ。期待が外れて、相当参っている。だからか、二人は何も言わなかった。黙りこくって、地面を見続けている。

 出られなかったことに対して落ち込むのはわかるが、ここでぼさっとしていられない。老婆たちの遠吠えが聞こえてくる。木々の合間から、呻く声が響いている。獲物を探しているようだ。

 朱里は声に気を付けながら、


「おふたりさん。気持ちはわかるよ。私だって、ショックを受けている。けど、落ち込んでいる場合じゃないよ。うん、落ち込んでいる場合じゃあない。このままここにいてもさ、なにの問題も解決しない。無理にとは言わないけど――少し休憩をしたらさ、歩こう」


 二人を元気づける。

 少し前なら、放置して逃げようと思っていた。だが、どうも放っておけなくなった。死ねと言われても、だ。

 一緒に逃げているからか、情が移ったらしい。朱里はとても面倒見がいいようだ。


「どこに歩けばいいの?」向月から、悲痛な声が上がる。

「この世界でなるたけ安全な場所かな? 世界がリープしちゃっている以上、そうするしかない。探さなきゃ……」

「探すって……」向月は何かを言いかけたが、やめた。「もういい」


 深い向月のため息が、3人を取り巻いている霧の中に消えていった。

 責任を感じているのだろうか?

 博は何とも言えない顔をしていた。唇をかみしめ、眉間を狭めている。


「久川。責任を感じることはないよ。あの場面では正しい判断だったと思う。だからさ、もう少しだけ頑張ろう」


 そんな博に、朱里は声をかけた。

 励まされ、顔を上げる博。朱里に「ありがとう」と礼を述べると、すくっと立ち上がった。


「ここでさ、落ち込んでいる場合じゃないよね?」


 黙って頷く朱里。

 博は何とか切り替えたが、向月はずっとうずくまったまま。向月はかなり繊細だ。どうやって声を掛けたらいいものか? 朱里と博は黙って考えあぐねるのであった。互いに目くばせをし、向月に何か言葉をかけるように促すのだが……2人ともかける言葉が思いつかなかった。

 どうしたらいいものかと、悩んでいた時に――物音が。これに反応する3人。

 またしても老婆が襲ってくるのかと身構えたのだが、茂みの中から現れたのは中年の男だった。3人の父親らと同世代くらいの年齢で、スーツを着込んでいた。白髪交じりのどこかくたびれているこの男の顔に、朱里は既視感を覚えた。


「えっと……あなたは?」


 この中年の男は3人ににっこりと笑ってみせた。敵意がないことを示すために。

 それから、朱里の質問に答える。


「私は大倉敏和というものです。DBLSに詳しい人といったところかな? 私は今、この仮想空間を出られなくなっていてね、非常に困っているんだ。君たちもかな?」

「そう、ですね」博が答える。「出られなくて途方に暮れています。えぇっと、大倉さん? DBLSにどれだけ詳しいのかについてはわかりませんが、僕らを助けて頂けませんか?」


 大倉という中年の男はこくこく笑顔で頷いた。

 DBLSに詳しいというワードを聞いて、向月はほっとしたのだろう。朱里が横目を使うと、顔が上がっていた。大倉は向月の顔を見ると、さも驚いたような顔をした。


「あぁ、君も……生きていたんだね?」

「おじさん……」向月は口角を緩めると、「あの時はありがとう。助けてくれてありがとうございます」


 それから向月は博に語る。

 この世界にやってきた時、ベッドの上に拘束されていたこと。その拘束を目の前の紳士が解いてくれたことを。その後、夢の浜をさまよっていたら、朱里と出会い――今に至るのだと博に聞かせた。

 一切、向月は朱里の方を向かなかった。朱里はというと、話に興じる紳士と博たちの側で警戒をしていた。

 ひとしきり話し終えると、


「私はこれから展望台に行こうと思っている。DBLSでこんな状態になるとね、公共施設に行った方がいい。そこだと、現実世界との接点がつながりやすい。もしくはこちらからつながる場合があるんだ。一緒に行かないか?」


 朱里が言いたかったことをさらりと語る大倉。

 向月と博は二つ返事でその旨を了承した。黙っていたが、朱里は概ねその意見に賛同している。そもそも似たような場所へ行く手はずだったのにと、心の中で文句を言っていた。

 老婆たちに気を付けながら、4人は展望台へと向かう。その間は、一切会話はない。

 森の中に老婆たちは潜んでおり、虫のように樹木に張り付いていた。場所的に足場も悪く、視界ももやがかかっており、よろしくない。枝を踏んで音を出さないように細心の注意を払うのであった。

 そうして展望台にたどり着いたとき、


「みやび!」


 向月の胸に一人の少女が飛び込んできた。

 血に濡れたゴルフクラブを放り投げ、向月を抱きしめるボブカットの少女の名前は、東尾きらら(ひがしおきらら)。中学校時代からの向月の親友である。

 これですべての役者がそろった。

 5人の知らぬところでゲームマスターは、ほくそ笑む。展望台の内部で待つ、このデスゲームの主催者は誰なのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます