4-4 外套の少女


「それじゃあ、出発しよう」


 博はそう言った後、朱里と向月の前を歩きだした。

 死んでしまった町は、水を打ったように静まり返っている。先ほどまで、所々で呻く声や金切り声がしていたのだが、ぴたっと止んでいた。まるで何かが起こる前触れような――そう、嵐の前に訪れる静けさだった。

 歩くのがおっくうになる朱里。危険を察知しているのだろうか? それとも気後れしているのか? 踏み出す一歩一歩がひどく重たい。

 逆に向月と博は、早く外に出たいという焦燥からか、どんどん前に進んでいく。

 2人に置いてけぼりにされないように、朱里も急ぐ。期を見て2人から離れようと考えているが、今ではない。外に出られるに越したことはない、とりあえず今は一緒に行動することにしている。

 急かされたように歩く3人であるが、霧の中でうごめいている老婆たちを警戒している。なるたけ、音をたてないように気を付けている。

 ここ、伍堂の交番から南に40分ほど歩けば――夢の浜から出ることができる。

 歩くにつれ――次第に霧は濃くなっていく。

 宙を漂う乳白色は濃くなり、3人の周囲を取り巻く。

 伍堂の交番から30分。

 霧が濃くなっていくにつれ、朱里は怖くなっていった。あの――霧の中から伸びた角。それに襲われないか気が気でなかった。

 一応、このことについては博に話はしている。

 しかし、それでも――心配だ。朱里は注意を促すため、先頭を歩く博の肩をたたくべく、向月の横をすり抜けようとしたが、止められた。


「なに?」


 なるたけ小声で、不満を吐露する朱里。

 向月はというと眉間を狭くし、無言で抗議する。何も言わなくていいと。


「私とあんたが会った時のこと、覚えてる? 霧の中から角のようなものが飛び出てきて、あんたを突き飛ばして助けたこと……今、私は後悔している。あんたみたいなやつをどうして助けちゃったんだろうって。今度は助けないから」

「別にそれでいいよ」博に聞こえぬよう、小声で向月は言った。「あたし、あんたが死のうがどうでもいいから。ていうか、さっさと死ね」


 ストレートに感情をぶつける向月。

 朱里は鼻を鳴らすと前を向く。それから博の肩をたたき、注意を促した。


「霧が濃くなっている。前に言った、霧の中から角で攻撃してくるやつがいるかもしれない。それと――」


 言いかけた時、ひたひたと水音がした。

 耳が痛くなるような静寂の中に、押しつぶされるような重たい感覚。冷たい汗がにじみ、体を濡らしていく。

 今は、1mも先の見えない状況にある。

 どこを歩いているか、気を抜いたらわからなくなる。散らばらないよう、3人は固まった。


(やっぱり、あいつが来たらしい)


 ぴたっ……ぴたっ……。

 耳にねばりつくような足音がしている。

 どうして足音だと分かったのか? それは乾いたアスファルトの上に、小さな足裏が象られたからである。小さな足跡が3人の前を囲む。姿の見えない何者かは、かごめかごめを歌っているのだろうか? 3人の周りをぐるぐる回っている。

 音を出してはならない。3人は口を手でふさぎ、石化する。姿の見えないこの……何者かが去るのを辛抱強く待つのであった。

 だが、この何者かはなかなか去らない。

 音を立てなければ、襲われない。

 次第にこの状況に慣れていく朱里は、既視感を抱いていた。この何者かが、サイコナイトのプレイアブルキャラクターである『牙の男』によく似ているなと。ならば、対処しようがあるなと。

 それでも気を抜いてはいけない。朱里の横にいる向月が恐怖に耐えかね、自分をおとりにするかもしれない。

 怖くなり、横目で向月の様子を確認すると、それはもう……ひどい顔をしていた。

 恐怖で歪んでいる、その表現がしっくり来る表情だ。


(うっすらと姿が――)


 3人の周りを歩いていた何者かのシルエットが、姿が浮かび上がる。すそがぼろぼろのフードコートを着た何者か。

 背の小さい、華奢な少女のようだった。

 どことなく――朱里はこの少女に見覚えがあるような気がした。深くフードを被っているし、霧のせいで顔はよくわからなかったが。


(この子、どこかで……牙の男じゃないけどなんだか――どこかで見たことがある気がする)


 幽霊のような白い少女にデジャ・ビュのようなものを抱いた後、白い外套を身にまとう少女はどこかに消えた。圧迫感は霧散し、次第に霧は薄まっていく。老婆たちの遠吠えが、再び耳につき始める。

 ひょっとしたらこの世界はサイコナイトのゲームをもとにしているのかもしれない。それにしてもあの少女は何者なのだろうか? どこかで見たような気がする、知っているような気がする――そんなことを考えていたら、向月がその場にへたり込む。

 過度の緊張によって腰が抜けてしまったらしい。


「2人ともごめん……歩けなくなっちゃった。本当にごめん」


 しょうがないなと博は向月を背負うのであった。

 夢の浜の外まではもう少し、歩いてあと――大体、15分くらいの距離にある。2人は脱出できると信じており、表情は晴れやか。

 だが、朱里は違った。

 薄々であるが、夢の浜の外がどうなっているのか見当がついていた。

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