4-3 拳銃のおかげ

 ホームセンターのバックヤードにて、今後の方針が決まったあと、3人は夢の浜の外を目指す。

 と言う訳で現在、霧の中を朱里は歩いていた。

 5m先は何も見えない。モヤがかかって、何が何やら。それでも目を凝らし、向月と博は朱里の背中を見失わないように注意を払うのであった。しかしながら、朱里のペースはかなり早い。それに白ぽい上着を着ているせいで霧の色に紛れている。見失いそうだった。

 だからといって、待ってくれとは言えない。なぜなら、老婆たちの遠吠えがやたら耳につくからである。やつらは音を立てれば襲ってくる。安易に叫ぶ訳にはいかなかった。


「ちょっといいかな?」


 ホームセンターのある世津崎から、歩いて15分。

 伍堂の交番前にて、朱里は博に肩を叩かれた。


「ここに寄りたいんだけどさ、いいかな?」


 博の親指が向いている方向には、陰険な様相をたたえたコンクリートの建物。背が低いこの建物の入り口には桜の紋章が入っている。交番の存在に気づいたあと、朱里は首を傾げる。

 交番の入り口の自動扉が破壊されている。


「これさ、俺がやったんだよ。あの……何か武器とか置いてないかなって。そんでさ、案の定って訳かな? 銃を手に入れることができた」


 朱里が妙だと思った時、博がその理由を語った。


「ふぅん、そういうこと。銃弾の補充をしたいって?」

「ごめんな。弾が置いてある場所はわかっているんだ。すぐに戻る。それに……」


 博は、振り向く。

 そこには斧を手にし、肩で息をしている向月の姿があった。ついていくので必死だったらしい。待ってくれと2人にうらめしそうな目を向けてくるのであった。日頃の運動不足が祟ったようだ。


「雅もあんな状態だ。ちょっと休ませてやりたい。いいかな?」

「あ?うん、わかった」しわい顔をする朱里。

「ごめんな、すぐに戻って来るから……」

「わかった。ここで待ってる」


 朱里の返事を聞くと、拳銃の弾丸を補充するために博は交番の中に入る。

 交番の入り口で取り残された2人。先ほどのこともあってか、朱里と向月は目も合わさなかった。

 交番の壁にもたれて待つ2人の間は、距離が開いており、それは心の溝と同じ距離を示しているようだった。

 伍堂の交番は、やはり霧がかかっている。

 交番前は四車線道路になっているが、霧が濃いせいか、道路の向こう側はまったくわからない。

 待つ間、非常に手持ち無沙汰だ。

 朱里はぼんやりと車道の向こう側にあるであろう歩道の姿を思い浮かべていた。そういえば、帰り道にかつての友人である大倉こなみと一緒に帰ったなぁと。


「ちょっといいかな?」


 もの思いにふけっていたら、向月が話しかけてきた。


「さっきの件だけどさ、児島。いちゃもんつけるのにも程があるわ。児島があたしのことが嫌いなことはわかった」


 彼氏がいない間を見計らい、被った猫の皮から本性という顔を覗かせる。

 決して、彼氏に見せない醜い貌(かお)がそこにあった。


「違うって?」


 疑心暗鬼と怒りに囚われている朱里も酷い顔をしている。向月に劣らない端正な顔立ちはひどく歪んでいた。


「違うに決まってんじゃん。店にキッチンタイマーなんてないでしょ?」


 交番の中にいる博に気取られないように、声は低めだ。


「あんたが最初から持っていたらできなくもない。確かにあの時のあんたの格好は水着にパーカー、海水浴の格好だった。捨てちゃったパーカーにはポケットがなかった。けど、フードの中に入れておくことはできるよね?」

「めちゃくちゃ言うね。そんなことをあたしがやる訳がないでしょ」

「いや、あんた……人をいじめて笑うような人間でしょ?」


 しばし、沈黙する向月。


「現実世界に帰ったら覚えときなさいよ。許さないから……」


 それから博が返ってくるまでぷっつり会話は途切れた。

 その間、朱里は考えていた。現実世界に帰ったら、いじめの標的にされるなと。大倉こなみのように虐められるのだろうと思うと、気持ちが憂鬱になった。デスゲームに巻き込まれた挙句、帰ったらいじめられるかもしれない。たまったものではなかった。

 相変わらず、老婆のうめく声は断続的に聞こえる。


「ごめん、2人とも待った?」


 交番に入ってから5分、博が帰ってきた。


「あっ……ううん」


 向月はかぶりを振ると、笑顔を作る。先ほど朱里にむき出しにした表情は霧散していた。

 ふいに、朱里はなんだか、博のことがかわいそうになった。

 博は向月の本性を知らずに付き合っているから。この化けの皮が剥がれた時、博は向月と付き合っていることを後悔するのだろうか? それとも、ずっと好きなままでいるのだろうか?

 こんなことを考えるなんてと、反省する朱里。これは逃避なのだろうか? 

 なぜだかわからない。ずっと朱里は向月と博のことを考えていた。状況的に、この世界から脱出することを考えなければならないのだが。

 弾丸を補充し、夢の浜の外へと向かう前、


「児島さん。早く歩かないでよ。もっとゆっくり歩いてほしいんだけど」


 向月は満面の笑みを朱里に向けた。

 朱里は唇をかみしめると、眉間を険しくした。

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