第四話「澱の中」

4-1 世界の構造

 3人は話をするため、ホームセンターのバックヤードに移動した。

 ほの暗い部屋にあるテーブルに着く3人。朱里は、向月とその恋人である博と向き合っていた。そして、伊能呉服で何があったかを語る。


「急に向月が、伊能呉服に行ったんだ。どうしてかはわからないけどさ、ホームセンターの方は閉まっているんだけど、伊能呉服だけ電気がついていて――扉が開いていた。明らかに罠、みたいな感じだった。止めようとしたんだけど、まったく聞いてくれなかった。それでさ、あとを追いかけて中に入ってみたら、のんきに服を選んでいたんだ。向月がパーティドレスを選んだあとね、老婆が4匹現れた」

「うん」博はうなずいた。「そのあとはどうなったの?」

「向月が着替え終わった後に、そのことを伝えた。そうしたら、なんかもごもご言いながら私にパーカーを渡してきた。この世界にやってきたときにね、老婆に襲われて撃退したんだ。その時に、血を浴びちゃって……服が赤くなっていたんだけど、それを見かねたのかな?」

「うん」向月は頷いた。「あの……血がついていたから気になって……ちょうどさ、服屋だったからパーカーをと渡そうと思って気を使っただけなんだけど」

「気を使ってさ、わざわざパーカーのポケットに入れたんだよね? 自分が逃げるためにさ、わざわざキッチンタイマーをセッティングして」


 鼻を鳴らす朱里。侮蔑する視線を向月に投げかけている。


「違う! あたしはそんなことしてない」


 これに身を乗り出して反論する向月。ヒステリックに叫ぶ女は身の潔白を訴えるため、とても必死な表情をしていた。


「本当にやってない」向月は座り直し、姿勢を正す。「ちゃんと調べたもん。タグを切った時にさ、ちゃんと確認したよ」

「この場ではそう言うしかないよね? 彼氏の前で悪いことしたって言えるわけがないから」

「しらを切っているわけじゃないって、本当だもん」


 朱里は向月の陰険なところを知っている。彼女が大倉こなみをいじめていた時に垣間見た本性を知っている。まだ、朱里が大倉こなみと仲が良かった時に、何をされていたかを本人から直接聞いている。

 朱里は向月がどんな人間なのか、博以上に知っている。

 だから、朱里は一人で行動したかった。


「児島、悪いんだけどさ。こういう状況じゃん。お互いに緊張していて、余裕がない状態じゃん。そういう時ってさ、よく見落としたりするって言うじゃんね。でさ、今はよくわからないものに襲われているよね? めっちゃ、やばい状況じゃん?」

「お店でも言った通り、私は怖かったの。怖かったし、児島さんを頼りにしていた。あなたしか頼れる人がいなかった。パーカーは本当にまごころだったんだよ? 血で汚れていたから、その……ごめんなさい」


 女はよくウソをつく。それから、肝心なことをしゃべらない生き物だ。そのことを人生経験が少ないから、博はあまり知らない。向月の味方をする。

 朱里は――考えた。

 どうして、パーカーのポケットにキッチンタイマーなんてものが入っていたのかを。

 伊能呉服は呉服店だ。キッチンタイマーなど売っていない。それに出会ったときの格好は水着にパーカー。来ていたパーカーにはポケットがなかった。何かものを入れられる場所はない。

 自分の考え過ぎだったのか?

 博になだめられ、向月に謝られて冷静になる朱里。

 疑惑はまだある。向月のことは信じられない。


「……」


 わかったとは簡単に言えない。

 ちらっと向月と目を交わす朱里。一緒に行動して、また、先ほどのようなことがあるかもしれない。

 そう考えたら、どうすべきかが見えてきた。


「現実世界に帰れるまで、とりあえずあなたたちと一緒にいる……」


 この言葉を聞き、向月と博の表情が和らいだ。

 朱里としては機を見計らい、そっと2人から逃げる予定だ。それから、この夢の浜のどこかしらにある公共施設に行って救助を待つことにした。


「ごめんなさい、児島さん。現実世界に帰ったら何かお礼をするから……」

「……」


 朱里は何も言わず、ただ黙って頷いた。

 頷くのを見て、向月は表情を和らげるのであった。


「よし、それじゃあ――どうやってこの世界から脱出するかを考えようか」

「そうね、そうしよう。みんなで頑張って現実世界に帰ろう」


 ここでふと、向月はこんなことが気になった。

 出会ったときに聞いたが、答えてくれなかったので向月はもう一度質問をした。


「そういえば、博さぁ。どうしてこの世界にいるの? 何かあったの?」

「あぁ、それね……」


 博ははにかむと理由を語った。


「ブレードアーツやめた後にさ、チャットルームってあるじゃない。バーチャルの世界で人と会って話をするやつね。あれで友達と話をしていた時にさ、急にサイレンのようなものが鳴って気を失っちゃったんだ。それで気づいたら、この世界にいたんだよ」

「そうなんだ。で、だれと話をしていたの?」


 向月にこう質問された時、博は強く目をつぶる。向月の左目の下のあたりがヒクッと神経質に微動した。


「東尾だよ」少し間が空いたのち、博は答えた。「あいつに呼び出されてさ。ちょっと……話をしていたんだ」

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