3-5 ホームセンターにて

 久川博のおかげで、ホームセンターにたどり着いた朱里。

 先ほどの老婆に襲われた恐怖を博にぶつける。久川の胸板に顔を押しつけた。

 向月のことがよぎり、ハッとする朱里。すぐに博から離れた。


「あっ、ごめん……ちょっと、あの……」


 頬を紅潮させた博は、後ろ頭に手を回す。片方の口角を緩ませると、緊張状態の朱里にそっと声をかける。


「いいよ。襲われていたし……言えばわかってくれるだろうから。それにさ、ここには――雅はいないはずだから」


 博がそう言ったとき、向月雅が現れた。

 斧を構え、二人の前に。


「み、雅!」

「あっ、えっ……博!?」


 博が「うん」と返事をする前に、向月は斧を捨てて恋人の胸の中に。

 突き飛ばされた朱里は向月を軽蔑した。彼女の人間性はやはり最悪だったと認識した後、殺してやりたいと思った。おとりに使われた怒りで、腹わたが煮えくり返っている。気づいたとき、思い切り両のこぶしを握り締めていた。

 今は――非常時。兄が言っていたことを朱里は思い出す。

 怒ったり、パニックになったりしたときは気持ちを落ち着かせる必要があると。そのために10秒間、何も考えないようにした方がいいと。

 兄の言葉を実践したけれども、朱里の全然怒りは収まらない。


「向月……」


 こっちを見た悪びれる様子はない。それが余計に腹立たしい。


「あんた、さっき――」


 博と目が合う。向月の彼氏である博が朱里を見ている。

 向月が自分をおとりにしたことを告げたとしたら、言うまでもなく、博は向月の味方をするだろう。また、向月の舌は恐ろしく回る。言い負かされて、言いくるめられ、銃を持っている博に撃たれたらたまったものじゃない。


「……いや、いい。なんでもない」


 言いたいことはあった。

 しかし、朱里は言えなかった。

 それでも、こらえきれなかった怒りがあった。これだけは、向月に言わずにはいられなかった。


「あなたがやったこと、覚えておくから」


 うつむき、店内へと武器を探しに行く。肩を震わせる朱里を見送った後、向月に何かあったのかを博は聞いたが、向月は肩をすくめた。

 ホームセンターの店内には武器になりそうなものはたくさんあった。

 角材・包丁・のこぎり・手斧・チェーンソー。人を殺せそうなものは、思いのほか多い。

 選ぶときには向月の顔を思い浮かべ、追い詰めたとこのことを考える朱里。猟奇的で危険な考えだとは思うが、こうでもしていないとやっていられなかった。

 そして、向月の死に顔を思い描きながら、朱里は選んだ。

 その武器は、包丁と鉈。

(これなら、いざという時にはなんとかなりそうだね)

 ため息をついた後、朱里はホームセンターの外へと向かう。あの二人には何も言わず、再び学校に行くことにした。

 サイコハザードの収拾を仕事にしている父から、朱里はこう教え込まれている。理由は不明だが、学校やら図書館といった施設は現実世界から観測しやすいと。何かしら現実世界から干渉を行うことができる場所だから、そこに行けと言われている。

 向月には色々教えた。それに博は銃を持っている。それで彼氏は彼女を守るだろう。

 だから、別に一緒にいなくってもいい。おとりにされたし、一緒にいる意味はない。これ以上、一緒にいたらもっと危険な目に合うかもしれない。


「あの、児島。えぇっと――どこに行くんだ?」


 入り口で博に呼び止められる朱里。


「別に」


 振り向きはしなかった。

 そのままの状態で、返事をした。


「児島さん。服屋の時だけどね、あの……実は、老婆が入ってきてね。ホームセンターの方に逃げたの。助けようと思ってね、ホームセンターに入って斧を持って来ようとしたんだけど……」

「あぁ、そう。それならなんであなたが渡してくれた上着のポケットの中にキッチンタイマーが入っていたの? 答えてくれる?」


 冷たい声だ。ばつの悪そうにしている向月に朱里は言い放った。

 すると向月は眉間を険しくした。まるで知らなかったとでも言いたげなそぶりで、間髪入れずに朱里に質問に答える。


「キッチンタイマーなんて知らない」向月はかぶりを振った。「私があなたにパーカーを渡したとき、何もなかったはずだけど……」

「本当に? でもさ、キッチンタイマーが鳴った後にさ、店の中にあなたを探しに戻ったんだよ。その時にさぁ、色々見て回ったんだけど、そんな痕跡なかったけど?」

「そ、それは――」


 言いよどむ向月はうつむいた。先ほどの強気な向月はどこに行ったのだろうか? 彼氏の前では猫を被っているらしい。

 非常に険悪な雰囲気だ。

 これを何とかすべく、二人の間に博が割って入る。


「悪いんだけどさ、二人とも……悪いんだけど、ここで争うことはよくない。誰が俺らをここに呼び寄せたのかはわからない。みんな、デスゲームに巻き込まれちゃった訳だよな? 現実世界に帰らなきゃだよなぁ? お互いに許せないことある。別にそれは流さなくっていいさ。だから、うん……今は協力しよう」


 朱里から、博に厳しい視線が向けられている。

 みんなで一緒に脱出したいと考える博は、怒る朱里を説得しなければならなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます