3-2 ホームセンターへ

 目的地は学校から、ホームセンターへ変わった。

 現在、朱里と向月は夢の浜の西側にある世津崎のコメルを目指している。

 目的地までは、歩いて片道50分といったところ。


「うぅぅぅぅ……」


 やはり霧の中を歩いていれば、さまよう老婆らに出くわした。そういう場合の対処法はよく心得ていた。路傍の地蔵のように静かにし、無言で道を譲るのだ。そうやって、二人は少しずつ進む。

 夢の浜の西側へ向かうにつれて、田畑が多くなってくる。現在、二人が歩いている場所は農道だ。大きい道はあったが、老婆たちに占領されていた。そんな訳で遠回りであるが、農道を使っている。

 この世界にやってきてからどれくらい経過したかはわからない。

 しかし、それでもいくらかわかることがあった。


「そういえば、ここにやってきてからどれくらい経つんだろう?」


 サイコナイトのゲームは、1ゲーム20分と定められている。

 それはスペシャルゲームだろうが、関係ない。時間がやってきたら強制的にリザルト画面に戻される。そんな仕様になっていているのだが、朱里はリザルト画面に戻っていない。あからさまに20分以上が経過しているのだが……。


「ん~」向月はうなると、「わからないけど、30分以上は経っていると思うよ、児島さん」


 ゲームが始まってから、かれこれ40分が経過している。しかし、朱里はリザルト画面に強制的に戻される気配は全くなかった。

 ましてや、向月は別のゲームからこの世界にやってきた。

 デスゲームを疑わざるを得ない――いや、疑いようのない状況にあるが、二人はなるたけ気にしないようにした。帰ることができないというネガティブな感情に呑まれると、冷静さを欠く。ましてや、後ろ向きな考えに支配されると、考えたことがその通りになってしまうことがある。

 誰の悪意でこの世界に来てしまったのは、わからない。が、ネガティブな思考は避けなくてはならなかった。


「そういえばさ、児島さん。あなたのお兄さんがデスゲームに参加したことがあるって聞いたんだけど……」


 向月は周囲を気にし、何もいないことを確かめる。

 霧の中に潜む老婆たちや、先ほど遭遇した霧の中から白い角を繰り出してきた謎の存在を向月は警戒している。そいつらがいないことを確認してから、向月は朱里にこんな質問を投げかけた。


「あ~そのことね」


 あまり話はしたくないが、非常事態なので朱里は簡潔に話すことにした。

 後ろめたい気持ちを払しょくするため、自分を正当化するために。


「向月さん、大倉こなみって覚えているかな?」

「あ~あいつね。覚えてる、覚えてる」


 覚えているも何も、向月は“大倉こなみ”という人物をいじめていた。

 彼女の人間としての尊厳を傷つけ、弄んでいた。とある人に咎められ、脅されるまで。


「あいつがどうかしたの?」


 朱里は半年以上前に起こった事件の概要を語る。


「あの子ね、うちの兄ちゃんのストーカーだったんだ。あの~兄ちゃんの彼女さんがいるんだけどね、兄ちゃんと彼女さんが付き合う前にさ、あいつ――二人の仲を邪魔していたんだ。そのせいで、彼女さんが追いこまれちゃって、デスゲームを……私もちょっとだけ話をする仲だったんだけどね、」


 向月は、大倉こなみにいい感情は持っていない。


「あ~、そうだったんだ。あいつ、ストーカーしてたんだ。児島さんのお兄さん、彼女さん、大変だったね」


 朱里の味方をした。

 少し、霧が立ち込める。二人の視界をゆっくりと狭めていく。


「つかぬことを聞いちゃうけどさ」


 向月はため息をつくと――。


「あ~ひょっとして、私が大倉をいじめていたこと?」


 朱里が訪ねようとしたことを当ててみせた。

 言い当てられて、「うん……」とおそるおそる頷く朱里。


「ん~まぁ、話しかけてさ。あいつに無視されたの。特に他意はなかったんだけどね。あ~ちょっとボールペンを貸してほしかったんだけどさ。な~んかね……それでかよくわかんないけど、あたしのグループの子の――きららちゃんがいじめようって言いだしてね」

「あ~うん。そうなんだ」


 こういう場だからだろうか? いけしゃあしゃあと口が回る。気を紛らわせるため、なのだろうか? いじめのことを話す向月の表情は、わずかに緩んでいた。

 一時期、大倉こなみと仲が良かった朱里は胸が痛んでいた。

 それから、会話は途切れる。老婆がちらほら現れ出したというのもあるが、一番は話すことがなくなったからであった。

 農道を使い遠回りして、ホームセンターへとたどり着く。

 相変わらず、ここも霧が立ち込めている。

 駐輪場はもぬけのからだ。広い駐車場には、何も停まっていない。自転車でさえ。本当に何もなかった。

 ホームセンターのすぐ隣は、伊能呉服という服屋がある。伊能呉服の駐車場も駐輪場も、ホームセンターと同じ状態だ。

 だが、一つホームセンターとは違うところがあった。

 店内が明るく、入り口は開けっ放し。だれかを誘っているようだった。

 あからさまな罠だと朱里は思った。目的の場所は、ホームセンター。伊能呉服に用はない。

 放置すればいいのだが、


「あの~児島さん。悪いんだけど、伊能呉服で服を見繕ってもいいかな? 行くね」


 待ってという前に、向月は伊能呉服の店の中へと駆けていった。

 朱里はその後ろを追うのであった。

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