2-5 四宮堂のシャッター前にて


「ごめんなさい、あの……向月さんに怒られている時、危険が迫っていて、なんとかしなきゃって……」


 ケーキ屋『四宮堂』のシャッター前で、たどたどしく朱里は謝った。

 向月はというと、しおらしくしている。朱里がいてくれたおかげで命拾いしたので、怒る気持ちはどこかに消え失せている。むしろ感謝していた。


「いえ、うん……もういいよ。助けてくれたから」


 はにかむ向月。

 許され、少し安堵する朱里。


「そうだ。向月さん、さっき質問しようとしていたことなんだけどね」

「なにかな?」


 助けたおかげか、会ったばかりのときとは違い、向月の言葉尻は柔らかかった。

 これなら安心して話ができそうだ。朱里は、そっと息を吐いた。


「何をやっていたら、ここに来たの?」

「うん」向月は唇を噛み締めたあと、「そうね、仮想空間でのんびり過ごすというゲームかな。児島さんがやっているアグレッシブなゲームとは違くて、架空の南の島でぼんやりしてたら、急に仮想空間の夢の浜にやってきちゃった。デバイス持っていたんだけど、落としちゃって……壊れて使いものにならなくなっちゃったんだけど……」


 どうしたらいいと、向月は聞かなかった。

 お互いにどうしてここにいるのか、どうやってこの世界から出ればいいのか、皆目見当がつかない。


「そうなんだ……」相槌を打つと、朱里は小さく何度も頷く。「なるほど、別のゲームをしちゃってたらここに……」


 朱里の父親はDBLSサーバの保守を仕事にしている。DBLSがいかに危険なのか、DBLSとの付き合い方について等、耳にタコができるくらい父親から説明された。心得ているはずだったが、まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 ここで朱里の脳裏によぎったのは、兄の彼女だった。まだ、兄と兄の彼女が恋人でない時、兄の彼女は兄を自分のものにするために、DBLSを使って、サイコハザードと呼ばれる危険な行為をした。

 その時のことを思い出す朱里。

 サイコハザードが起きた時に兄や兄の彼女が経験したこと。多くのサイコハザードの収束してきた父親から聞いた話を総括すると……ひょっとしたら、自分たちはサイコハザードに巻き込まれたのではないかと考えてしまう。

 現実さながらの痛み、ログアウトするツールがないこと、老婆たちのようなクリーチャーの大量発生等、思い当たる節は多かった。


「向月さん、落ち着いて聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「いいけど、なに?」


 専門家ではないけれども、朱里は向月に説明を行う。


「ひょっとしたら、私たちはデスゲームに巻き込まれたのかも知れない」

「デスゲーム……」

「だから、私たちは死なないようにしなくちゃいけない」


 サイコハザードの渦中にいることを認識して、慎重に行動すべきだと考えている。

 朱里は向月のことをよくは思っていないが、それでもクラスメートが1人減ってしまうのはいただけなかった。それに自分だけ生き残って、向月の友人らに糾弾されるのはたまったものではない。

 あの時はまだサイコハザードが起こっているとは思っていなかった。

 ただのゲームだと朱里は思っていた。

 気づいたときに、真っ先に思った。見捨てなくって良かったなと。それから朱里はなんともいえない顔をするのであった。


「でも、大丈夫だから……私のお父さんがDBLSのシステムエンジニアなんだけどね、デスゲームをたくさん解決してきたんだ。私にお兄ちゃんがいるんだけどね、お兄ちゃんがデスゲームに巻き込まれた時にさ、お父さんががんばって助けたことがある。だから、きっと大丈夫だよ。私のお父さんが必ず助けに来てくれるはずだから」


 朱里の言葉を聞いて、向月は唇を噛み締めた。

 お父さんという言葉に何か思うところがあるのだろうか? その言葉を聞くたび、向月の眉が釣り上がった。次第に眉間が狭まっていき、朱里の話が終わる頃には深い溝を彫っていた。


「それって本当に大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」


 向月の質問に、即答する朱里。彼女は父親のことを信じていた。

 にわかに信じ難いのだろう、向月は厳しい表情をしている。


「それ、本当に信じられるの?」

「うん、大丈夫。私のお父さん、過保護なところがあるから」


 言いたいことはあったが、


「そう……」


 向月はやめておくことにした。

 ここで口論することは無駄だ。今は助け合わなければいけないし、


「児島さん。申し訳ないんだけどね、これから色々と迷惑かけちゃうかも知れない」向月は周りを気にすると、「なんか……うん、こういう場所にあたし、慣れてない。だからさ、色んなことを教えてもらってもいいかな?」


 何より生き延びる方法を朱里に教えてもらわなければならない。

 向月はこんな辺鄙な場所で死ぬ訳にいかない。何を犠牲にしても、向月は現実世界に帰らなければならなかった。

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