2-4 霧中の刺客

 霧が立ち込め、朱里と向月は寒気を感じる。

 押しつぶすように感覚に薄着している朱里と向月は、身を震わせる。周囲の気温が下がったのか、こぼす息が白く視認できた。


「えっ、なに、なに――」


 激しく動揺する向月。胸の前で手を握りしめ、絶えず不安をまき散らしている。

 サイコナイトをやっているからか、朱里はこういう場に慣れている。聞きたいことはたくさんあったが、欲張ってはいけない。朱里はこう判断していた。この場は、向月と別れた方がいいと。

 どこかで再会できることを祈りつつ、朱里はそっとその場を離れることにした。姿勢をかがめ、向月に気取られぬように距離を――。


「待ってよ! どこ行くの!?」


 取ろうとしたが、ダメだった。

 腕をつかまれ、向月に捕まってしまう。


「いや、あの……」

「あのじゃないでしょ? 今、そばから離れようとしたよね?」

「してない」

「してた。そっとあたしから離れようとしたよね? 今、とっても危ないんだよ。だから二人でいなきゃダメ。固まってなくちゃ。それと謝ってよ、あたしから離れようとしたこと」


 向月の甲高い声に、朱里は気が気でない。音を立ててはいけないことを知らないからか、向月は朱里に言葉を浴びせ続けてくる。二人でいなきゃだめなこと、自分から離れようとしたことを執拗に言ってくる。

 霧はさらに濃くなっているのに、向月は追及をやめない。これならば、話しかけなければよかったと後悔した後、朱里はすぐに判断した。


「ごめんなさい、向月さん。それよりも―― 一緒にこの場所から離れない?」

「離れない? 何を言ってんの。あなた本当に反省してる?」


 非を詫びたが、向月は怒ったまま。ついた怒りの炎を鎮めることはできなかった。

 老婆たちの遠吠えは聞こえないが、雰囲気が異様だ。早くこの場から去らなければいけないというのに、向月は真摯に謝れと言ってくる。


「本当にごめんなさい、向月さん。反省している。あなたをもう一人にはしないから。だから静かにしてくれない? 静かにしないと本当にまずい」


 朱里はとても焦っていた。言葉を選ぶ余裕はなかった。

 向月の顔は不安と怒りが入り混じっている。朱里の腕をつかむ力はどんどん強くなっていく。痛みのあまり、朱里は顔をゆがめた。その表情を見て、向月はいやいや謝っているのだと勘ぐった。


「本当に反省しているんだったら、どうしてそんな顔をしているの? ちゃんと謝ってよ。次からあたしを一人にしないって」

「それはあなたが私の腕を思いっきりつかんでいるから痛くって――」

「痛いから? はん! 安っぽい言い訳よね、そんなんで許されると思ってんの? 絶対に許さないから――」


 土下座をしろと、向月は朱里に言おうとした。

 険悪な2人。そんな2人の間に割って入る者が現れた。


「危ない!」


 朱里は存在に気付き、向月をとっさにつき飛ばした。そのおかげで2人は事なきを得る。

 朱里に蹴られ、さらに憤慨する向月。尻もちをついて朱里に文句を言おうとした時、ハッとした。先ほど自分の頭があったであろう場所に、鋭いものが突き刺さっていた。

 白い角のような鋭いものが霧の中から伸びており、横にある建物に穴を開けた。小さな穴であったが、向月を黙らせるには十分であった。

 霧の奥にいる存在が何かはわからない。

 騒ぐなと、朱里は自分の口元に人差し指を当て静かに示唆する。その意図を理解した向月は口を手で隠し、音をさせないように朱里の側に。

 こうなってしまったらしょうがない。

 朱里は向月を連れ、この場から脱出をはかる。

 記憶と想像力を頼りに学校へと向かう。霧の中にいるであろう悪魔の歯牙にかからぬように、細心の注意を払う。

 2人とも、身体の中で心臓が暴れている。動機が激しく、特に向月はここから全力で走り出したい衝動に追われていた。朱里はそんな向月のことを気遣う。逐一振り返り、安心感を与えつつ、先行する。先ほど揉めていたが、今、そんな様子はまったく見られない。危機に瀕して人というものは、協力し合うものらしい。

 尼堂の交差点から、二人が通う学校へ通じる道へと出る。

 普段であれば校舎の一部が見えるのだが、霧のせいでまったく見えない。


(ひっ!?)


 老婆たちは現れないが、角は執拗に二人に突き付けられた。

 交差点を出てからも、朱里と向月は霧の中の刺客に追いかけられている。向月は朱里の服の袖を引っ張り、走って逃げるように促すのだが、朱里にうまく伝わらない。抜き足差し足、ゆっくりと前に進んでいく。

 いつも歩いている通学路。こんなに慎重に歩いたことはなかった。また、濃い霧の中を登校したこともない。

 少しずつではある。

 尼堂の交差点から遠のいていくにつれ、霧は薄くなっていく。むせ返りそうな白いガスに取り巻かれていたが、学校の側にあるケーキ屋『四宮堂』に到着する頃には大分薄れていた。


「……大丈夫、そうだね」

「う、うん……」


 老婆のけたたましい遠吠えが上がる。

 依然として、危険なことにはかわりない。

 しかし――だ。深い霧の中から、突き出した白い角。あの攻撃方法は何なのだろうか? 朱里には見覚えがあった。

 ほんの少しそのことについて考えようとしたが、


「さっきはありがとうね、児島さん」


 向月がそれを遮った。

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