2-3 クラスの女王様

 少し霧が薄れた尼堂。ちょっと煤けた街並みがあらわになる。


(霧が薄くなった? なんだろう、そんな気がする)


 その時、また――何かが破裂する音がした。

 一度目はわからなかったが、それが銃声だということに気が付く朱里。

 銃声は、牙の男との鬼ごっこでよく聞いている。だから、わかった。

 音が発砲音であることに気が付いた後、老婆たちが遠吠えを上げる。こだまするおぞましい声に、思わず朱里は腰を沈めた。そばにあったガードレールに右手を添え、そっと周囲の様子を覗う。


(あっ、あいつ――)


 すると妙な人物を見つけてしまった。

 朱里が20m先にある尼堂の大きな交差点で見つけたのは、オレンジ色のパーカーを羽織った女性。茶色の髪をしたこの女性は、目を凝らしてみると見知った人物によく似ていた。朱里が距離をとって接しているクラスメートにどことなく。

 確かめるためにそっと、その女性に近づいていく朱里。騒がれたら、老婆が来るかもしれない。音をたてないように足を運ぶのであった。

 10m……5m――水着を着た少女へ距離を詰めていく。

 発育のいい少女はその場を動いていない。キョロキョロしており、挙動不審だ。彼女が険しい顔を動かすたびにハーフアップにした髪が揺れた。


「コウゲツさん?」


 向月雅(こうべつみやび)は、朱里の方を見た。

 しゃがむ朱里を見てキョトンとした後、向月の顔が緩んだ。


「あっ、あぁ……児島さん」


 周囲の警戒をし、大丈夫なことを確認した後、朱里は立ち上がった。先ほどは余裕がなかったから気が付かなかったが、向月は水着を着ていた。前を開けているパーカーからピンク色のビキニが露出している。

 まるでプールか、海に遊びに行くような服装だ。そんな恰好をしている向月を見て、キラーとの鬼ごっこにそぐわないなと朱里は思うのであった。

 あまり、朱里は向月と仲が良くない。女子たちのグループが違う。

 それに朱里は向月のことをよくは思っていない。そのため、必要最低限の会話しかしたことがない。ないのだが……今は非常事態だ。嫌でも会話をしないといけない。どうして水着でサイコナイトのゲームの中にいるのか知らなければならない。


「いきなりで悪いとは思うんだけど……あの、どうしてここに? なんでサイコナイトのゲームでそんな恰好をしてるの?」

「ていうか、あなた……服が真っ赤じゃないの。なんで? サイコナイトって、なにそれ? あたしは――」


 語尾とともに視線が落ちる。

 クラスの女王様の扱いは難しい。黙りこくってしまった向月に、続きを催促しようかと朱里は考えた。だが、ここで向月に癇癪を起されるのはたまったものではない。何も言わず、黙りこくるしかなかった。


「ていうかさ、児島さん。服が真っ赤なことは――今はいいや、後で聞かせて。まずはその、サイコナイトって何? 教えてくれない?」


 ずけずけとした物言い。向月の態度にイラっとする朱里だったが、こらえる。

 腕を組んで険しい顔をしている向月に、


「サイコナイトはVRMMOのホラーゲームだよ。私はサイコナイトのスペシャルゲームに参加しているんだけど……」


 サイコナイトが何なのかを説明した。


「ゲームのスペシャルゲームね。うん、うん、そう……」


 朱里はよくわからなかったが、向月はおびえた顔をしている。それでいて、何か朱里に言いたげだ。

 言いたそうにしているならばと思い、


「えっと、なにかな?」


 朱里はざっくり質問をしてみるのであった。


「なにって?」

「いや、あの……向月さん、なにか言いたそうにしているから、ちょっと気になって」


 沈黙する向月。

 朱里は妙な感じに襲われていた。

 普段、クラスでは向月の笑う顔と弾んだ声を聞いている朱里。学校で向月はいつも自信に満ち溢れていた。そのイメージしかないからか、朱里は向月が焦燥している姿を見たことがなかった。これに不安を感じていた。

 向月の話から――今、自分はサイコナイトのゲームをしていると朱里は認識していた。しかし、そうではないのかもしれないと思い直すのであった。

 なぜなら、向月はホラーゲームをするような娘ではないからだ。むしろ、大きな声で苦手だと言っていた覚えがある。それに、サイコナイトのことを知らなかった。知らないから、水着を着ていたに違いない。


「えぇっと、質問いいかな?」

「なに?」


 あまり長くは話せない。それに朱里は向月と一緒に行動する気はなかった。

 この質問の答えを聞いたあと、すぐに学校へ行くつもりである。


「向月さん、悪いんだけどこの世界に何をしてここに来たのか、教えてもらってもいいかな?」


 ダメで元々。向月に「なんであんたに教えなければいけないのか?」と、そう言われると思っていた。

 しかし、朱里の予想とは反した。

 渋い顔をし、向月は考えあぐねているようだ。表情は強張っており、あからさまに怯えているようである。おびえているものが、なにかを伝えようと頭の中を漁っているのだろう。向月は人目はばかることなく、爪を噛んでいた。

 これに朱里が動揺したときだった。

 急に霧が立ちこめる。空気が変わったことを鳥肌が知らせた。

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