サイコナイト2 ~シアワセノカタチ~

吉田夢妙

第一話「イン・ア・マリス」

1‐1 牙の男

 “しあわせ”、それは人が生きていくうえで大切なものだ。

 “しあわせ”を感じられなければ、人は生きる意味を見失ってしまう。見失い、人生にいき詰まり、死を選んでしまうこともある。

 そうならないためにも、人は“しあわせ”を感じなくてはならない。

 世界は理不尽で、世界を創った神様は残酷だから。

 そんな神様にあらがうために、私たちは生きる希望を、“しあわせ”を感じるようにできている。

 だからこそ、人は“しあわせ”を求め続けるのだ。

 そして、“しあわせ”は求める人の心根によって変わる。

 人それぞれ、思うこと考えていることは違うのだ。育つ過程も様々で、形成された個人の価値観によって“しあわせ”は変わる。人それぞれに感じる“しあわせ”は違う。

 この事件を起こした少女は、何を思い――この事件を起こしたのだろうか?

 どんな“しあわせ”を求めようとしたのだろうか?




 DBLS――ダイレクト・ブレイン・リンク・システム。

 西暦2030年。人の意識を仮想世界でつなげるこの装置の登場により、現実世界で夢を見ることができるようになった。

 このDBLSの登場により、ゲームの世界では革新が起こった。

 もとは精神病の治療に開発されたものなのだが、ゲームの開発者がこの技術に目を付けたことにより、VRMMOこと、仮想現実大規模多人数オンラインが発達。多くの人々が焦がれた幻想の世界へ足を踏み入れることができるようになった。




 多くの人々が憧れのファンタジーの世界で過ごしている中、児島朱里(こじまあかり)はVRMMOHG「psycho night in the hell」――ホラーゲーム「サイコナイト」の世界で、キラーから逃げていた。

 ロケーションは80年代のアメリカの田舎町。

 むせるほど濃い霧の街、そこを全力で走っている。迫りくるプレイアブルキャラクター『牙の男』から逃れるために。

 朱里の身なりは非常に地味だ。白いパーカーにグレーのズボン。アスファルトを蹴る靴は赤いスニーカー。彼女の長い髪は一つにまとめられており、被るフードの中に収められている。これは、牙の男に髪をつかまれないための対策だ。

 霧に紛れながら、朱里は裏路地へと入る。日本の裏路地とは違い、アメリカの裏路地は広かった。


「あさぽんさん」


 そこで朱里はとあるプレイヤーを見つけた。あさぽんと呼ばれたプレイヤーは、ゴミ箱のそばで体操座りをしていた。朱里と同じような身なりをしている。


「あっ、朱里ちゃん。こんにちは」


 あさぽんというプレイヤーのそばにかけ寄ると、朱里は周囲を気にした。


「ほかにプレイヤーは? 私たちだけ?」

「うん。そんな感じかな」あさぽんは、にへら笑いをして答えた。


 牙の男の感知能力は高い。あまり長くは話せない。必要な情報だけ、二人は交換した。

 逃げる側のプレイヤーは全員で5人いるが、今は2人だけ。3人は牙の男にやられてしまったらしい。

 朱里が何とも言えない顔をしたとき、空気が凍り付いた。

 朱里とあさぽんに緊張が走る。二人とも口を手で押さえ、静止する。

 アスファルトの上に、ぴたぴたと滴る音。乾いた地面に足の形が、ひとつひとつ、はっきりと浮かび上がる。

 すそがぼろぼろの白いコート。それだけを身にまとった男が二人のそばを横切った。

 男はシミ一つない白い体していた。目は白濁し、見えてはいない。そのかわり、耳が非常に発達している。牙の男は音でプレイヤーを認識するのだ。静かにしていないと、やられてしまう。なるたけ、音をさせないように気を付ける朱里とあさぽん。

 牙の男は二人のそばを通り過ぎた。少し行ったところで姿を消し、足跡は消えた。

 牙の男がいなくなり、朱里とあさぽんは頷き合う。無言でこの場所からそっと逃げることを確認し合うと、あさぽんは立ち上がった。朱里のそばを通り過ぎるとき、ポケットに何かを仕込んでその場を去った。

 それに気づかない朱里。あさぽんが行ったのを確認すると、ゲームをクリアするために何が必要か、どうすべきかを考えるのであった。

 このゲームをクリアするためには20分間逃げ切るか、牙の男を倒すかだ。

 牙の男を倒すために必要なのは拳銃。姿を現したときに弾丸を当てる必要がある。しかし、先ほどやられてしまったプレイヤーが全部使い切ってしまった。だから、ゲームをクリアする方法は、20分間逃げ延びることだ。

 現在、ゲームが始まってから18分経過している。

 あと2分、逃げ切ればゲームはクリアできる。静かにしていれば、あっという間にゲームは終わるはずだった。


「えっ、何!?」


 だがしかし、朱里のポケットの中で何かが存在を主張した。

 不意を突かれた朱里は動揺し、慌てふためく。

 いやな感覚が再び朱里に圧しかかってくる。ねばっこい気配に襲われ、呼吸が乱れる。牙の男は姿を消している。絶えず視線を動かして、朱里は襲い掛かってくる存在を視認しようと努める。

 立ち込める霧の中、獲物を見つけた牙の男に扮するプレイヤーは笑む。路地の闇の中で、朱里にそっと忍び寄ると腕を槍に変えた。

 「あっ!?」という間もなく、朱里の胸に紅い角が生えた。イッカクの牙のようなそれが、朱里の体を穿つ。胸を穿たれ、仰向けに倒れる朱里。彼女がその場から逃げようとした時、牙の男はとどめを刺した。

 左腕を朱里の頭を牙で貫き、朱里を黙らせる。急所を穿たれ、朱里は息絶えてしまった。

 あと20秒ほどでゲームクリアだったのに……。

 断末魔は霧の中に消えてしまった。

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