第38話 血の手紙
ゴクッ
ウォルターは喉を鳴らして涎を垂らしながらアスカの白い首に犬歯を立てた。
「ああっ!」
アスカは叫ぶ。
白い喉の皮膚は食い破られたが、不思議と痛みは感じなかった。
ただ、ジワリと熱い感触が噛まれた箇所から広がっていく。
アスカの耳元で、ウォルターはゴクリゴクリと音を立てながらアスカの血液を飲み込んだ。
朦朧とする意識の中でアスカがどうにかウォルターの頬に手を置いた時、やっと彼は正気に戻った。
「しまった…!」
ウォルターが腕の中のアスカを見ると、白い肌は一層白くなって目は開かず、生気がない。
「アスカ!アスカ!」
名前を呼ぶと少しだけ口元が動く。
「良かった、生きてるな…」
ウォルターはアスカを抱え上げてベッドに向かった。
…コウモリの町…
レオンが書いた手紙を持って飛び立った大鳥が、人魚の村からコウモリの町に戻ってきたのは4日後の明け方だった。
大鳥使いが朝の風向きを確かめに崖の見張り台に登った時に、ムラサキオオコウモリが音もなくこちらに向かってくるのを確認した。
「いつもよりバランスが悪いな…」
大鳥使いがゲートを開けてコウモリを迎い入れると同時に、コウモリは倒れ込み、その足からゴロリと大きな布の包み紙転がってきた。
「何だこれは!こんな大きなものを持って飛んできたのか!しかも…重い!」
大鳥使いはひとまずその包みをどかして、倒れたオオコウモリの様子を見る。
ひどく衰弱しているようだった。
「こんな状態でよく飛べたな…!大した奴だ!
いまカカシを呼んでくるからな、待ってろよ!」
急いだ大鳥使いがさっきの包みに足を引っ掛けて転んでしまった。
「あいててて…」
足元を見る。包みが開いていた。
そこから見えたのは、赤茶けた、細い糸の束?
ゴロリ
転がった反動でゆっくりと中身が出てくる。
大鳥使いはそれと目があった。
「これは…!!」
胴体から切り離された首が3つ、ゴロリゴロリとまるで行進するように転がる…
レオンがカカシの家に呼ばれたのは昼前だった。
ロンドとアンナも一緒に、若い大鳥使い連れられて行ってみると、広くはない部屋に十数人の大鳥使いたちが難しい顔をして立っている。
「あの、何か…。
人魚の村から返事が来たのですか…?」
レオンがカカシに聞いた。
カカシは口元を押さえてグルグル部屋を回った後、無言でテーブルを指差した。
レオンも入った時からその異様な物体に気が付いてはいたのだが、見ないようにしていた。
それは布の上に置いてあり、それの上にも布がかけてある。つまり中は見えない。
しかしその形はあまりにも象徴的だった…それが何か連想させるほどには。
3つ、ある。
レオンが目を向けた時、先程連れてきてくれた若い大鳥使いが、上にかけてある布を取り去った。
「!!!」
レオンは驚きのあまり声が出ない。
それは彼がもっとも恐れていたものだったから。
父と母と、誰か女の首
可能に歪んだ顔と、血を抜いて色を失った肌のせいで、まるで作り物に見えたが、
それは紛れもなく人間の首だった。
「ちよ…と、これ何⁈どーしてこんなの見せるのよ!」
アンナはカカシに詰め寄る。
ロンドはレオンの様子を見て悟ったようだった。
「お前の家族か、レオン」
レオンはただただ頷いた。
カカシがアンナを振りほどいてレオンに近寄る。
「今朝、大鳥が運んできたんだ。
さてどうするかと今まで話し合っていたんだが…。この人たちは、お前の…?」
「父と母です…女は知りませんが…」
レオンは何とか口を開いた。
両親の首を目の前にしているが震え以外の実感がなく、悲しみはまだ湧いてこない。
「人魚の村からこれが届いたということは、そこでとても恐ろしいことが起こっているということだ。
お前は帰るというかもしれないが、悪い事は言わない、今は村に帰らない方がいい。
ああ、これを見てくれ。」
カカシはレオンの父親がくわえていたという紙を差し出した。
「なんて書いてあるのか、血だらけになっていて文字は読めないが、この紙は左の大陸のものだ。少し香りがある紫の葉のかけらがあるからな。
という事は、この件は左の大陸の人間が絡んでいることになる…。
それはとても厄介だ、わかるか?」
レオンはどう答えることも出来なかった。
まだ頭が目の前の現実に追いついていないのだ。
静まり返る部屋の中で、アンナはヒョイとカカシが持っていた血染めの紙を取り上げる。
「これ…多分読めるわよ、なんて書いてあるか。」
アンナは首からぶら下げていた、ムラサキの大きな水晶のペンダントを重ねて紙を見る。
「怪物が現れる前に、左の大陸のお客さんからもらったんだー。」
確かに、水晶越しにみると赤一色の中に文字が浮かび上がってきた。
「なんだろ…少しだけ書いてある…
あ、あ、…す…
アスカ
だ。」
バン!
その名を聞いたレオンが強く机を叩いた。
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