第32話 赤く染まるナイフ
とりあえずノアは弟の頼みを聞き入れ、騎士団には報告をしなかった。
疲れ切ったアスカは久しぶりのベッドで深い眠りについている。
同じか、それ以上に疲労しているであろうクラウスだったが眠ることが出来ず、兄と向かい合っていた。
強めのお酒をほとんど空っぽの胃袋に流し込むがまるで酔えない。
ノアはそんな弟の様子を心配している。
「しかし、小さな村だから噂はすぐに広がり、ほどなく中央の国の騎士団に伝わるだろう。
その時、お前が報告もなくここにいたとなると大変な問題になる・・・。
一体どうするつもりだ、クラウス。」
クラウスは顔を歪ませた。
「兄上、問題はそこではないのです。どうしてもこの事態を隠し通さなければなりません。
・・・でないと、我が一族は・・・」
「どういうことだ?」
クラウスは、隠すことは出来ないと思い全てを話した。
連れてきた少女は、騎士団のジェイドが金で買い溺愛していること、濁流に流された洞窟で彼女を抱いてしまったこと、・・・ジェイドに返すつもりはない、ということを。
ノアは当然激高した。
「クラウス!お前は何を考えているんだ!自分が何をしているのか分かっているのか?!
ジェイド様を敵に回すということは中央の国を敵に回すということ、つまりこの大陸を敵にするということだ!
我が一族郎党は虫けらのように握りつぶされてしまうんだぞ!」
「お静かに兄上、アスカ様が起きてしまわれます!」
「駄目だ、クラウス、方法は二つに一つしかない!
あの女をさっさとジェイド様に引き渡すか、本当に濁流に呑まれたことにして二人とも死ぬか、だ!」
「バカなことを兄上、アスカ様をジェイド様に返せば、あの方がどんなにひどい目に合うか・・・ジェイド様はアスカ様の苦痛を楽しむかのように弄ぶのです・・・。」
「お前がそれを言うのか、クラウス」
クラウスはうつむいた。
傷ついたアスカをさらに犯したのは自分だ。
「・・・考え直せ・・・。」
ノアはクラウスの後ろに立ち、肩を撫でる。
そしてその手を首に移動させ、渾身の力で締め上げた。
「ぐっう!」
瞬間的に意識を失い、机に突っ伏せるクラウス。
声を上げる時間もなかった。
”アスカに手を出さないでくれ”
”アスカだけは助けてくれ”
と。
ノアは3兄弟の長男として、クラウスの暴走を見過ごすことは出来なかった。
中央の騎士団に睨まれたら本当にお終いなのだ。
クラウスだけの問題じゃない、家族、親族、その下で働く者とその家族のことまで、この年若い17歳の弟には考えが及ぶまい。
「一刻も早くあの娘をジェイド様に差し出さねば・・・。」
ノアは気を失った弟を置いてアスカの寝室に向かった。
薪がパチパチと音を立てて燃えるその部屋には、アスカが微かな寝息を立てて眠っていた。
スー・・・スー・・・
ノアはそっと近づき、オレンジ色の炎に照らされた美しいアスカの顔を見る。
(クラウスの話では、随分とひどい目に合ってきたのだな・・・)
まだ子供のようなあどけない寝顔に心が痛む。
実はノアは迷っていた。
アスカを生きて差し出すか、屍として差し出すか。
生きている限り、クラウスがしたことを話される心配がある。
しかし何の罪もない娘を殺す事が出来るだろうか・・・
しばらく迷って立ち尽くしていたが、ついにノアは短剣を手に取った。
パチパチ・・・コトリ・・・時折薪が転がる音がする・・・
焚火のせいか、緊張のせいか、ノアの体と頭がのぼせたように熱くなった。
「せめて苦しまないように、一太刀で・・・」
ノアはアスカがまとっているシーツをそっと引きはがす。
「・・・!」
美しい体がそこにあった。
使用人が用意した下着がとても薄かったせいか、アスカの柔らかくカーブした体の線がはっきりと浮かび上がっている。
豊かな乳房の色付いた所も。
「・・・いや・・・!ちがう・・・!」
ノアは必死で理性を保ち、ナイフをアスカの胸に向けた。
しかし手が勝手にそのナイフでアスカの服を切り裂いていく。
ノアは自分が自分でなくなるという初めての感覚に陥っていた。
”何をやってるんだオレは!何を・・・!”
「ん・・・」
上半身があらわになった時、アスカは目覚めた。
「ああっ!」
すぐそばにナイフを持ったノアがいる。
驚いたアスカはとっさに体を動かした。
向けられていたナイフの刃先に当たり、白い肌が少し切れて赤い血が流れた。
「す、すまない、これは・・・」慌てるノア。
「ボクを・・・殺すんですか・・・?」
「そう思うのも無理はないだろう・・・だが・・・オレは・・・」
ノアはアスカに覆いかぶさった。
片手で口をふさぎ、もう片手で乳房を掴む。
「!!」
アスカは激しく抵抗した。
暴れているうちに、腹部に生暖かい感触が染み出でくる。
「え・・・?」
アスカのお腹に、ノアのナイフが深く刺さっていた。
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