第28話 暗闇の中で
それは汗だろうか、体に残る水滴だろうか、アスカの頬に冷たい物が落ちる。
酷い違和感に気付いてアスカが目を覚ますと、自分の体の上で、中で、何かが動いていた。
「・・・!」
現実が理解できなくて声もなく目を見開く。
真っ暗闇の中だが、それが男だということはすぐにわかった。
はあ、はあ、という激しい息遣い・・・
アスカが身をよじると何かに手が当たり、カツンと音がしたかと思うとポッと緑色の光が現れてその男が見えた。
クラウスだ。
クラウスはアスカと目が合った。
「アスカ様・・・」
しかし体の動きは止まらない。
「や、やめて!」
アスカは震える手でクラウスを押しのけた。繋がっていた部分は離れ、首筋、乳房、下腹部にしびれが残る。
「アスカ様、私は・・・」
逃げるアスカに手を伸ばすクラウス。アスカは立ち上がることも出来ず、腰をずらして後ずさる。
「あっ・・・」
アスカは、体の中から太腿に何か液体が流れ、付着しているのを感じた。
「これは・・・クラウスさん・・・あなた・・・なにを・・・どうして・・・」
クラウスは泣きながらアスカにすがりつく。
「お許しくださいアスカ様・・・!私は、あなたを愛しているのです!あなたが欲しかった・・・どうしても自分のものに・・・」
「そんな・・・」
アスカは混乱している頭を必死で整理しようと考えた。
虹の谷で濁流にのまれたのは覚えている。
アスカはただ流され、気を失ってしまったことも。
(あの瞬間・・・ボクは死んだと思った・・・。いや、このまま死んでもいいと思っていた。
レオンにあんなところを見られて、ジェイドさんに弄ばれ続けて、男に戻れそうにない自分・・・。もうどうでもいいと思っていたんだ。)
アスカはうなだれたままのクラウスを見た。一糸まとわぬ逞しい若い体は、濁流で受けたであろう大小の傷がいくつもある。
それに比べてほとんど傷のない自分の体・・・彼がアスカを守り、助けてくれたのであろうことは容易に想像がついた。
そしてジェイドが首筋に付けたナイフの切り傷・・・
「クラウスさん・・・」
カンカン!
音苔が緑に光る。クラウスがおもむろに傍らの剣を取り、素早く鞘から抜いたからだ。
「この命で済むとは思いませんが、死んでお詫び申し上げます・・・!」
喉に刃先を向ける。
「やめて!!」
アスカは渾身の力でクラウスが握る剣を振り払った。
刃をかすめた白い手から紅い鮮血が飛び散る。
それはクラウスの唇に付いた。
「アスカ様!大丈夫ですか?!」
カンカンカンと剣を鳴らしながらクラウスはアスカの掌を見た。
深く切れている。
「なんて無茶を・・・!」
クラウスは裂いた布でアスカの手を止血した。
「いいの・・・。いいんだよ、クラウスさん。」
「・・・アスカ様・・・?」
「ボクはあなたに命を助けてもらったんだよね?
あなたがいなければ死んでた・・・。
だから、ボクの身体を自由にするぐらい・・・いいんだ。
どうせ汚れている身体だから。」
「あなたは綺麗です!」
クラウスは叫んだ。
「あなたは誰よりも美しい・・・!アスカ様!
私に命を捧げさせてください!あなたのために死ねと仰ってください!」
「ダメ、死なないでクラウスさん。」
アスカは光る苔を手に取った。音がないのに光っている部分がある。
それはアスカの血が飛び散った場所・・・
「あまり知られていないけど、音苔って肉食なんだよ。
光の代わりに死んだ肉を食うんだ。
そして、肉を食うと光るんだ。」
クラウスの全身に鳥肌が立つ。
緑に光るアスカが恐ろしく、絶望的なまでに美しすぎたから。
白い肌、紅い唇、あらわになっている乳房、細い腰、太腿には自分が付けた印・・・
「もうだれも死んで欲しくないよ。だから・・・忘れて。
お願い・・・。」
アスカはクラウスの唇に付いた自分の血を指でふき取り、かすかに微笑む。
虜
クラウスはその微笑みの虜になった。もう戻れない。
そうすることが運命で、そのためだけに生まれて生きてきたかのようだ。
「アスカ様、この命あなた様のためだけに使います。
あなたを守るただ一枚の盾になり、あなたを守る剣になり、あなたの足元の踏み石になりましょう。
生涯あなたのご命令だけをこの耳と心臓に刻みます。
何なりと・・・。」
アスカは困り顔で若き騎士クラウスを見た。
心のどこかで、(彼がレオンだったら)と考える自分を呪いながら・・・。
「クラウスさん、もしお願いできるなら、ボクは死んだことにしてジェイドさんから逃がして欲しい・・・。
それは多分危険なことだから申し訳ないんだけれど・・・」
「ああ・・・なんと、光栄です、アスカ様!
この命に代えましても、お望みどおりに・・・!」
クラウスは膝を折ってアスカに頭を下げた。
暗闇の中で、唯一光るその存在に。
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