第27話  緑色に光る

普段は忘れている水の恐ろしさ・・・。

時として人は嫌と言うほど思い知らされる。


その巨大な威力と脅威を。


アスカは気を失ったまま、激しい濁流に流され続けた。


水は谷の終わりに行きつくのではない。

未だ人の知らぬ闇の地底へと帰っていくのだ。



ポタ、ポタ・・・・・・・


方々から、水の音楽が聞こえてくる。


若き騎士クラウスは、必死の思いでアスカを濁流の中その胸に抱き、空気のある場所にたどり着いた。真っ暗でほとんど何も見えない。


流されている途中で、岩に木に、バンバンぶつかったせいか全身痣と血だらけになっているのを感じた。

顔面も激しく打ち付けたので、目の上が切れて腫れ、視界が悪い。


しかし彼はとても幸福だった。


彼の腕の中には、憧れてやまない美しい少女・・・アスカがいるのだから。

暗くてアスカの顔は見えていないが、その柔らかい体は紛れもなくアスカだ。

気を失っているが生きている。小さな唇にそっと触れると柔らかな息が感じられた。


クラウスはアスカを抱いて慎重に川から上がり、岩だらけの川辺を歩く。


カツン、


と、クラウスの腰に差してあった剣が岩に当たった。


ポ、ポ、ポ、


と、反響するように小さな緑色の光があちこちに現れる。


「音苔か・・・ということは、ここは洞窟!」


音に反応して光る、洞窟にしか生えない苔たちのおかげで、周りの様子がほんのりと見えた。

天井が高い大きな洞窟の用だ。

濁流はすっかり洞窟の中に流れる川へと姿を変えていた。


クラウスは剣でカンカン、と音を立てながら歩き、アスカを横たわらせることができる場所を探した。

近くに平たい岩があって、そこにアスカをそっと寝かせる。


音苔は岩にくっついているので、いくつか集めてアスカの側に置いた。


カン、カン、カン、・・・


クラウスはアスカのそばに座って、そっと叩き続ける。


やさしい緑色に照らされるアスカがこの世の者と思えないほど美しかったから、見ていたかったのだ。


「う・・・ん・・・」

アスカが少し苦しそうなうめき声を漏らした。


「大切にお守りしたつもりだったが、もしかしたら、どこか大きな傷か骨折があるのかも・・・!だとしたら早く手当てしないと・・・。」


クラウスは戸惑い、緊張しながらアスカの身体に手を伸ばした。


濡れた小さな柔らかい体。


壊れやすい宝物を包んだ布を剥ぎ取るように、アスカのそっと服を脱がしていく。


「白い体がこんな暗闇でも光る・・・」

クラウスは自分の服の端を裂いてきつく絞り、濡れたアスカの身体を拭きながら怪我がないか確かめた。

触れるたびにアスカの乳房が揺れる。


彼は全てを見た。

ジェイドしか知らないであろう所も。


アスカの身体には数か所小さな傷があるだけで、とても綺麗だった。


ホッとするクラウス。


アスカのまだ濡れた衣服は岩場に干して、その体には一番薄い下着を掛けておいた。

濡れた衣服を着たままでは体温が下がってしまうからだ。


アスカを見い届けた後、自分も裸になり衣服を絞る。

「これから、無事にアスカ様をジェイド様にお届けするまでは私がしっかりしなくては・・・!」

ジェイドの騎士団に入団できたと言っても若き騎士クラウスはまだ17歳。全てに戸惑っていた。


コン・・・


足元の剣が不意に岩にぶつかり、アスカが緑色に照らされた。


浮かび上がる白い体。


クラウスは息をのんだ。


全身に感じる血液の温度の上昇・・・


気が付けば彼はアスカの身体の上にまたがっていた。


手には、アスカにかけていた薄い布。


「駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!!!」

声にならない叫びがクラウスの喉で暴れている。


この先には絶望と破滅しかないことは分かっていた。


この少女は、自分が尊敬し崇拝し、そして最も恐れている人間が狂おしいほどに溺愛しているのだ。


もし、一線を越えてしまえばクラウス自身のみならず、一族郎党生きてはいけなくなるだろう。


「くっ・・・」

首筋の、ジェイドにつけられた十字の傷が痛んだ。


しかし、しかし自分の手に届く白い体を貪りたいという欲望にあらがう事が出来ない。


クラウスは幾度想像しただろう・・・。ジェイドに弄ばれるアスカの姿を。

ジェイドはいつしかクラウスに変わっていくのだ。


「お許しを・・・!」

クラウスはアスカの小さな唇を塞いだ。


冷たい自分の唇で。







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