Episode.7 レイニーブライド⑧



 あれから夏が終わり、秋が過ぎて、冬、春、そして再び梅雨の季節となった。

「あーあ、巴は本当に雨女だな」

 準備を終えて、慣れない真っ白のタキシードに身を包んだ隆雅は、メイク中の花嫁に声を掛けた。

「式場の装飾も全て紫陽花で埋め尽くしちゃうなんて。梅雨って感じを前面的に押し出しすぎじゃないかな」

 教会に飾られた花も、バージンロードも、ブーケも、披露宴会場の中も。全ての場所がブルーやピンクの紫陽花で彩っていた。ジューンブライドを全面的に主張しているように見える。

「いいじゃない。私たちは雨のおかげで出会えたんだもの。それと、私じゃなくて、あなたの方が雨男だってば」

 せっかくの結婚式当日に雨が降っているというのに、主役である巴は何がおかしいのか呑気にクスクスと笑っている。

 一年前、雨の日にレストランで食事をした後、二人はしばらく会えなかった。隆雅は定期的に、仕事の休憩時間に会社を抜け出しては、あのふてぶてしい顔をしたサビ猫がいる東屋に通うようになっていた。東屋で会った時に返事をすると言った巴が、約束を破るとは思えなかったからだ。

 巴は当時の旦那と別れるため、暴言や暴力があったことの証拠を集め、両親を交えて話し合いをし、無事に離婚していた。子供はおらず、男女が離れるだけなので、そこまで苦労はしなかったようだが、理由が理由なだけあり、巴の両親は激怒。そちらの対処の方が大変だったという。全てが落ち着くまでに予想以上に時間がかかり、東屋に顔を出すのが半年後になってしまったと言ったいた。

 それまで隆雅はしぶとく東屋に通い続け、あのサビ猫と仲良くなり、ついには可愛いと思えるまでになっていた。

 寒さでもこもこになったサビ猫を膝の上に乗せ、持参した文庫本を開き、巴がそうしていたように、隆雅も読書をしてゆったりとした時間を過ごすことが日課となっていた。

 年が明け、雪がちらつき始めた頃、巴は悪びれた様子もなくしれっと顔を出した。

「久しぶり。元気してた?」

 彼女の声を久しぶりに聞いて、彼女の姿を久しぶりに見て、半分諦めかけていた隆雅は幻を見ているのかと思った。

 その日から順調に二人の時間は過ぎていき、こうして共に人生を歩むこととなった。

 純白のドレスに身を包んだ巴は、髪を整えてもらいながら、小さな窓の向こうに降る雨を見つめていた。

「雨が降った場所って、浄化されるって言うじゃない? きっと素敵な未来になるわ」

「そうだな」

「そういえば、あの東屋のある場所、小さな社があったじゃない? あそこ、昔の人が雨乞いをしていた場所で、雨を降らせてくれた神様のために社を建てたらしいわ。あの猫ちゃん、もしかしたら神様の使いかもしれないわね」

 そう言われ、あのふてぶてしいサビ猫の顔を思い出す。

「そうかもしれないな」

 多彩な紫陽花が咲き乱れる神秘的な場所に、ひっそりと佇む社。いつもその場所にいるサビ猫は、巴と引き合わせてくれたあのサビ猫は、確かに神の使いなのかもしれない。

「私、まだあなたの敬語じゃない言葉遣いに慣れないわ。似合わなくて、笑ってしまいそう」

「失礼な。これからずっと一緒なんだから、慣れてもらわないと。喋るたびに笑われたら、さすがに傷つく」

 巴は相変わらず口元に手を当てて、クスクスと笑っている。「ごめんなさい」と謝りながらも、肩が小刻みに震えていた。

 まったく。本当に、よく笑う人だ。

 隆雅もつられて微笑みながら、巴の正面に立った。


「改めてよろしく、雨女さん」

「よろしくね、雨男さん」

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