Monolog..



「君、……何やってるのさ?」


 ぴちゃっ。


 ぴちゃっ。


「ねえ、君ってば。それ飾り窓だから開かないよ?」

 すっかり元気になったので、物語に登場したマーガレットが覗いている飾り窓が気になって窓を開けようと試みていた。窓枠にちょこんと張り付いてた蜜蜂の置物は本物だったようで、どうやら揺り椅子の上に飛んできた蜜蜂がそうだったみたいだ。

 窓を開こうとしてもガタガタと音を立てるばかりで一向に開く気配がない。窓の向こうでマーガレットたちが白い花弁をドレスのように纏って踊っている。窓にへばりついて外の様子を伺おうとしたが、目の前にマーガレットの花が見えるだけで、遠くの方には何も見えない、というより何もない。この箱庭の外はどうなっているのだろうか。

「帰りたくなった?」

 アルビノの青年の透き通るような冷たい声に、心臓が飛び上がった。夢中で眺めていた外の景色から視線を引き剥がし、ゆっくりと振り返る。青年は寂しげな表情を浮かべていた。かまわず頷くと、彼は困ったように微笑した。

「そうだよね。知らない場所で、花だらけの狭い部屋の中で、僕みたいな真っ白のへんてこ人間と二人きり。久しぶりに人と話したから、僕は嬉しかったけど君はずっと不安だったよね。大丈夫、必ず帰れるから。その時がくるまで、この箱庭にいる花たちが一緒にいてくれる」

 アルビノの青年の瞳が、銀色に煌めいた。目尻に少し涙が滲んでいる。瞳の周りが赤くなり、泣き腫らしたような、兎のような顔で見つめてくる。寂しいのだろうか。ずっとここに一人でいるのだろうか。

 彼のことはわからないが、帰る場所があるのなら帰りたい。不安や恐怖はとっくになくなり、震えも止まった。居心地は悪くないし、花たちの物語を聞くのも楽しみになってきた。

 ただ、なんていうか、別の不安が湧いてきた。

 元の場所に戻れるのかとか、自分のことを思い出せるのかとか。

 この場所で暮らしているらしいアルビノの青年が帰れると言うのだから、きっと帰れるのだろうが。もうずいぶんとこの場所に縛られているような気がする。この箱庭から逃げ出さないといけないような気がした。

「君、この花は知ってる?」

 アルビノの青年が古書を指差している。そこらに散乱している古書とは違い、テーブルの上に置かれた大きな古書のレプリカだ。開かれたその本には一輪の真っ赤は花が突き刺さっている。

「その本の上で咲いているのはカーネーションっていうんだ。この花はよく人に贈られる。君も過去に一度はカーネーションを贈ったことがあるんじゃないかな。とても素敵な花さ。花弁も束ねたレースみたいで可愛いだろう?」

 強引に話題を変えたように思えた。次の物語が始まる。花の話をし始めたということは、そういうことだ。まあ、でも、今までの物語が素敵なものばかりだったので気になってしまう。

 仕方なく耳を傾ける。

「彼は幼い時から片親だった。大人たちの手を煩わせることのないよう、迷惑をかけることのないよう我慢していた。まだ子供なのにずっと我慢をしていたんだ。でもやっぱり子供だからね、限界がきちゃうんだよ」

 アルビノの青年が天を仰ぐように何もない天井を見上げた。

「きっといつか彼にも幸せを……」

 青年がゆっくりと揺り椅子に腰を落とし、物憂げな表情で語り始めた。


 ぴちゃっ。

    キィッ……。

 ぴちゃっ。

    キィッ……。


 主人を乗せた揺り椅子が、落ち続ける雫に合わせてリズムを刻み始めた。

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