Monolog..



 物語の途中から、気持ち悪さを感じていた。もどかしく、苦しく、心臓が締め付けられるような感覚だ。この続きはないのだろうか。彼は無事に元の世界へ戻れたのだろうか。秋の桜は彼女に渡すことができるのだろうか。

 青年の語り方が上手いのか、妙に登場人物に感情移入してしまった。


 ぴちゃっ。


 語り終えた静かな箱庭に、絶えず落ち続ける雫の音が響き渡った。

「大丈夫かい? とても不安そうな顔をしている」

 感傷に浸り、俯いて白い床板の木目を呆然と眺めていると、アルビノの青年が揺り椅子からゆっくりと腰を浮かせた気配がした。床が軋み、影がかかる。彼の軽い足音が近付いてきたかと思うと、視界の端からひょっこりと顔を覗かせてきた。そして顔を見るなり、青年の灰色に縁取られた神秘的な白い瞳がみるみる見開かれた。

「大変だ!」

 叫ぶなり細い腕を伸ばしてきた。その両手に頬を強く挟まれて、顔を上げさせられた。きっと今、タコみたいに口を突き出して間抜けな顔をしているだろう。

「君、顔が真っ青じゃないか。汗もかいてる。気分が悪いのかい? まるで子犬みたいに震えて、ここに来た時のように怯えているじゃないか。ああ、どうしよう。僕にはお話をすることしかできないんだ」

 そんなことはない。今、骨格が変わりそうなほど強く頬を挟んでいるこの両手を、今すぐ離してくれればいい。

 何かできることはないかと周囲を見渡し挙動不審になっているアルビノの青年を、大丈夫だからと落ち着かせ、知らずのうちに流れていた不快な汗を拭った。積み上げられた古書の上に座り直すと、青年の腕が再び伸びてきた。

「ごめんね、何もできなくて。大丈夫かい?」

 そう言って優しく頭を撫でてきた。本当に子犬を相手にしているみたいに。怯えている小動物から信頼を得ようとするように。

 そんなに大袈裟に心配しなくても大したことはない。物語に感情移入して気分が悪くなってしまったことには、自分でも少し驚いたが。

 あまりにも心配そうな視線を向けてくるので、もう大丈夫だからと声をかけようとした時、何かがブーンと羽音を立てながら横切った。

 蜂だ。黒と黄色の目立つ危険色を纏った一匹の蜜蜂。

「大丈夫だよ。この子は刺したりしないから。君、特別に僕の椅子使っていいよ。まだ顔色が良くないから、この揺り椅子で休んでよ。揺られていると安らぐから。君が気分良くなるまでお話してあげるよ。今度はその蜜蜂が登場するお話さ」

 アルビノの青年に腕を引かれて立ち上がると、そのまま揺り椅子の上に導かれた。ゆっくり腰を下ろし背を預けると、揺り椅子は赤子をあやすかのように優しく前後に揺れた。確かに居心地がいい。眠ってしまいそうだ。

「子犬みたいにぷるぷる震えてたら、椅子も小刻みに揺れちゃうね」

 何が可笑しいのか。バカにしているのか。悪びれた様子もなく、青年は口元に手を当ててクククと笑っている。彼が何を考えているのかわからない。

 先程の蜜蜂がブーンと羽音を立てながら、揺り椅子の肘置きに着地した。これほど近い距離に蜜蜂が止まると少し怖い。いや、結構怖い。蜜蜂と目が合っているような気がした。少しでも体を動かしたら刺されそうで緊張する。

 青年は呑気に「刺さないから大丈夫〜」と言いながら古書を運んできて、座る場所を広げていた。

「その子は優しい蜂さんなんだよ。真面目で努力家で」

 うんしょうんしょと一冊ずつ懸命に運んできては、座り心地の良い場所を作りだしている。客人には古書を数冊積み上げただけの粗末な場所に座らせておいて、いざ自分が座るとなれば途端に張り切っている。

「蜜蜂さんがでてくるお話だから、季節は春だね。お昼寝にはもってこいの季節だ」


 ぴちゃっ。

    キィッ……。

 ぴちゃっ。

    キィッ……。


 落ち続ける雫と、揺り椅子が揺れるたびに軋む音がリズムをとり始める。

「君はお昼寝は好き? じゃなくて春は好き? いいよね、僕も好きだよ。さて僕の座る椅子も完成したことだし、次のお話をしよう」

 アルビノの青年は満足げに頷いて古書でできた椅子に座ると、弱々しく華奢な体を丸めて語り始めた。

「ある日、一人の少女が秘密の場所を訪れた日のこと——」

 飾り窓の外から覗くマーガレットたちがざわついた。揺り椅子の上にちょこんと乗っかっている蜜蜂もうずいている。

 青年は、古書でできた椅子の完成度に、まだ少し不満そうに顔をしかめながら口を開いた。


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