Episode.3 見舞いには真っ赤な菊の花を



 びっくりした。

 声が出なくなるんだもん。

 喉が痛いなと思ってたら、だんだんご飯を食べることが辛くなってきて、だんだんお水を飲むのも辛くなってきて、だんだん声を出すことさえも辛くなってきた。

 早く病院に行けばよかったのに、市販の薬で誤魔化して、声が出なくなって病院に行ったら即入院だってさ。

 ばい菌が入ってきて、白血球の数が通常の四倍に増えてるって。よくわからないけど、とりあえず毎日点滴。一週間くらい入院するらしい。

 その間は当然学校は休み。

 誰かお見舞いに来てくれるかな? って少し期待をしながら、怖い点滴に堪えた。

 針を刺す時の痛みには堪えられる。ちくっとするだけだから。でも、針が刺さっている間は動かない。動いたら腕の中で別の場所に刺さって、流血して、肘から先が壊死するような気がする。それが怖いの。

 だから、今までにも点滴をしたことはあったけど、腕はいつも痺れてた。でも今回は、お父さんが小さなピンク色のハートのクッションを買ってきてくれた。点滴の間、肘置きにって。優しいし、可愛い。おかげで腕が痺れることはなかった。

 それに、寝る時は一人だけど、ぬいぐるみの代わりとして、このクッションがあれば少し安心できるような気がした。

 入院二日目の火曜日に友達と先生がお見舞いに来た。暇潰しにって雑誌と、お菓子を持ってきてくれた。学校の話や世間話をした。学校ではちょうど文化祭の準備が始まるところらしく、クラスの出し物を決めている最中だそうだ。何がいいか、と意見を求められたが、クラスメイトと楽しい思い出が残せるのなら何でもよかった。劇と展示の二択では? と訊かれ、劇にしようと即答した。

 楽しい時間はあっという間で、一時間もしないうちに寂しい時間がきた。友達と先生が帰ったあとは、また一人。お父さんとお母さんは毎日来てくれるけど、やっぱり寂しいし、点滴は怖い。でもあと五日したら退院だ。このまま毎日点滴をして、雑誌読んだり、眠ったり、だらだら過ごしていればすぐ退院だ。そう思っていた。



 五日目の金曜日、事件が起きた。

 クラスメイトの男子がお見舞いに来た。

 そんなに仲良くない、それも不良の男子だった。

 残りの入院生活を何事もなく平和に過ごすつもりだったのに、思わぬ訪問者に驚いた。

 理由が全くわからなかった。

 というのも、私は不良じゃないし、ギャルでもないし、文学少女とか個性的な女の子でもない、普通の、本当にただの普通のそこらへんにいる女子高生だ。

 その男子は無愛想に「見舞いに来た」と言った。

 見舞いに来た? なんで? なにを企んでるの? ってひねくれたことしか考えられなかった。というか、どうして病院と病室がわかったんだ。

 お父さんもお母さんもまだ来ない時間。友達も先生も来る気配ないし、看護婦さんもいない。とても気不味い雰囲気が漂っている。

 男子は無愛想に、後ろ手に隠し持っていたものを突き出した。

 それは、真っ赤な綺麗な花だった。

 真っ赤で、鉢に入った、菊の花。

 菊の、花。

 お見舞いに。

 あれ、これタブーじゃない?

 やっぱり嫌がらせじゃん!

 病気が根付くから鉢植えの、しかもお葬式を連想させる菊の花なんて、お見舞いには絶対にダメって、さすがにみんな知ってること。不良少年だって知ってるはず。

 私が受け取らずにいると、乱暴に窓辺に置いて逃げていった。勝手に置いてかれて、止める間もなく男子の姿は消えていた。

 なんだあいつ。

 こんな嫌がらせをするほどに私のことが嫌いなら、ハッキリ言えばいいのに。不良のくせに。男のくせに。

 そんなに仲良くないのに、なぜか少し悲しかった。

 この日の夜は一段と寂しかった。



 六日目の土曜日。

 また先生がきた。余計なことに、一週間分の宿題とかを持って。病人なんだから少しくらい減らしてくれればいいのに、けっこう容赦ない。

 でも、ちょうどいいから告げ口してやった。

 クラスメイトの不良男子がお見舞いに来て、花を置いていったこと。それが菊の花だったこと。しかも鉢に入った状態の。

 これで明日にでも不良男子は叱責をくらうに違いない。心の中でクククと笑った。

 先生は少し驚いた表情を浮かべたけど、すぐに落ち着いた。そして笑って「あの子の家、花屋だからね~」と言った。

 だからなんなのだと。

 花屋だったら尚更タブーであることは知っているはず。

 やっぱり嫌われているんだ。ただ勝手に嫌われて、しかもわざわざ遠回しに嫌がらせをされるほどに。心当たりはなかった。

「その菊を彼が持ってきたのね。赤色の菊ってあまり見ないと思わない?」

 窓際に置いてある菊を見て、なぜかにやにやと妙な顔で笑う先生を不思議に思った。何が言いたいのかわからなかった。

「昨日、あなたの入院している病院を聞いてきたのよ。そういうことだったのね。その花をちゃんと見てあげるのよ。それも宿題ね」

 そう言って先生は微笑んだまま立ち上がった。

「あ、文化祭は劇に決まったわよ。しかも王子様とお姫様が登場する定番のお話しよ。配役決めるのが楽しみね。月曜日までに宿題解いてくるのよ」

 先生は緩んだ表情のまま帰っていった。

 見てるよ。ちゃんと。赤い菊。それも鉢に入った根っこのあるやつ。わざわざ病院聞き出して嫌がらせしにこなくてもいいのに。

 でも確かに赤い菊なんて見たことなかった。黄色とか白なら見たことが……。

 私ははっとした。

 その花をちゃんと見て。

 花の意味を考えて……。

 花にはそれぞれ意味があることを思い出した。色の違いにも。

 すぐにスマホで調べた。

 赤い菊の花言葉は——


 どうしよう。

 月曜日、学校に行き辛いや。

 不良のくせに、あんな洒落たことするなんて。


『あなたを愛しています』


 だなんて。

 日曜日の午前中に、無事に退院することができた。当然、入院生活最後の一日は悶々としたまま。元気な体で過ごす日曜日は楽しいはずなのに、その日は、持ち帰った真っ赤な菊の花を眺めているだけの休日となった。

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