Episode.1 ずっとあなたのタンポポで①



「アリソンってタンポポみたいだね」

 突然の言葉に驚いた。

 今日は幼馴染みのデヴィンの家に遊びに来ている。親同士の仲が良いため、小さい頃から一緒に過ごすことが多かった。どこに行くにも二人は一緒で、常に隣にいて当たり前の存在だった。だから、今日もこうしてデヴィンの家に来て、庭で遊んでいたのだが……。

 デヴィンは庭の隅っこに隠れて咲いていたタンポポを引っこ抜いて、土を払うと、満足そうに笑顔でこちらにそれを突き出した。そして先程のセリフである。

 デヴィンは私のことが嫌いで、嫌がらせをしているんだ、と八歳のアリソンは心に小さな傷を負った。

 だってタンポポなんてどこにでも生えてるし、早く引っこ抜かないと綿毛になって種をあちらこちらに飛ばして大量発生する厄介者の雑草だ。どうせ花に例えるのなら、もっと可愛い花がいい。バラとかチューリップとかガーベラとか、赤やピンクの華やかで女の子らしい、可愛くて目立つ花がいい!

 八歳のデヴィンは、隣の女の子が腹を立ててることに気付かず、呑気に摘んだタンポポをくるくる回している。愛おしそうに眺めてキスをした。かと思ったら、ピンクに染まった頬を誤魔化すように口に咥えて、白い歯を見せて笑ったのだ。

 いつもこうだ。デヴィンは男の子なのに、かけっこやボール遊びをあまりしない。女の子みたいにお喋りしたり、庭の花を眺めて微笑んだり、本を読んでいることが多い。私が男の子みたいに走り回って遊ぶおてんばな女の子だからって、雑草に例えなくてもいいのに。

 バカにされている。絶対に。と、デヴィンの表情を見て思った。なんの混じりっけのない優しい笑顔が、純粋にバカにしているように思えて仕方なかった。

 アリソンは怒った。

 私はどこにでもいるような女の子じゃないわ。「アリソン」は私一人。そんな雑草なんかじゃなくて、もっと可愛いの! デヴィンはまだ気付いていないんだわ。私が素敵なレディだってことに。いつか気付かせてやる。覚えてろよ!

 そう心に誓いを立て、捨て台詞を吐いた。

「デヴィンのバーカ! もう知らない! デヴィンとはお喋りなんてしてあげない! 明日から私に近寄らないでよね!」

 あんぐりと口を開けたデヴィンは、驚きと戸惑いの表情を浮かべ、しまいには涙をいっぱい溜め込んで、潤んだ瞳でアリソンを見つめた。

「アリソン……ごめ——」

「サヨナラ!」

 デヴィンの謝罪の言葉を遮り、別れを告げた。その瞬間のデヴィンの顔は、困惑そのものだった。なぜアリソンが急に怒ったのか全くわからないという顔で、涙を溜めた潤んだ瞳でアリソンを見つめていた。

 それがまた一層、アリソンの怒りを膨れ上がらせた。

(なんでわからないのよ!)

 引っこ抜いたタンポポを手に持ったまま体をふるふると震わせ、何か話そうと口元は動くが、何も言葉はでてこない。アリソンは踵を返し、凛々しくその場を離れた。背後でデヴィンの「待って」という弱々しい声が追いかけてきた。

 アリソンは三歳からずっと一緒だったデヴィンに、八歳で別れを告げた。


    ***


 あれからもう一〇年にもなる。十八歳になったアリソンには友人がたくさんいて、休みの日はよく外へ出掛けた。勉強は少し苦手だけど、負けず嫌いなので努力した。進学する大学も決まっている。デヴィンと同じ学校だ。好きで同じ学校を選んだわけではなく、子供の頃に「タンポポみたいだ」と言われたので、見返してやりたくて、変わることができた自分をいつでも見せつけられるように同じ学校を選んだのだ。どこの学校へ進学するかを、絶交した本人に聞くわけにもいかないので、いつもデヴィンと一緒にいる友人を捕まえて、

「デヴィンはどこの大学に進学するの?」

 と、聞き出したのだ。その友人は、質問した後になぜかニヤニヤして、アリソンの腕を小突いた。

「絶対、私が聞いたこと言わないでよね」

 彼を睨みつけ、しっかり口止めもした。彼の緩んだ表情が不安を煽り、立ち去る前に「絶対だからね」と、何度も念押しした。

 そんなこともあったなあ、と思い返しながら、アリソンは校内をふらふらと歩いていた。

 勉強が得意なデヴィンが目指した大学は、当然のように難関の学校で、アリソンは弱音を吐く時間すらなく、ひたすらに勉強に励んだ。その結果、無事に合格したのだ。今の生活も残り少ない。同じ大学へ進学するとはいえ、もう一〇年も会話をしていない。

 手に持ったテニスのラケットを振り子のようにぶら下げながら歩く。勉強は苦手だがスポーツは得意はので、友人と一緒にクリケットやテニスをして毎日のように楽しんでいた。体を動かして汗を流すことが好きなのだ。

 勉強が一段落したので、今も校内にあるテニスコートへ向かう途中だ。スポーツウェアにだ

ぼだぼのジャージを羽織って校舎を出る。美しく整えられた背の高い生垣に沿って進んでいると、忍び込んだらしいトラ柄模様の野良猫が横切った。アリソンは気付いた様子もなく、ぼんやりと地面を見つめている。歩く度に、テニスラケットのガットがアリソンの小さな膝小僧に当たって、ぽんぽんと弾んだ。陽気に跳ね上がるラケットとは対照的に、アリソンは項垂れていた。

「どーしたのっ」

 突然、背後から衝撃を受けてバランスを崩したアリソンは、前方へ大きく飛び出した。

「元気なさそうだね。肩がすごぉーく下がってるわよ?」

 友人のジェナだ。愉快に笑う彼女がアリソンの背中を押したようだ。眉間にシワを寄せたアリソンが、頬を膨らませながら振り返る。テニスラケットを振りかぶって、

「危ないじゃない。転ぶところだったわ」

 と怒鳴った。だがジェナは、同じく手に持っていたテニスラケットをかざして防御するような体制をとり、得意げに言った。

「大丈夫、大丈夫。アリソンは運動神経がいいから転ぶことなんてことないわ。それより、早く行きましょ。今日は負けないわよ!」

 ジェナはラケットで防御しながら、逃げるように駆け出した。

「ちょっと、待ってよ! もう、ジェナったら……私も負けないわよ!」

 どんどん遠ざかるジェナを追いかけて、アリソンも走り出した。



 ジェナとのテニスの練習試合は、連勝中のアリソンの圧勝だった。体を動かして汗を流し、清々しい気分のアリソンは、美しく整えられた生垣の隣を軽やかな足取りで歩んでいた。 

 一方、隣を歩くジェナは、試合前のアリソンのように項垂れていた。

「やっぱりアリソンは強いわね。私も上手くなったはずなんだけどな」

「ジェナも強いわ。ただ、私の方が強いだけよ」

「悔しい! 卒業するまでに勝ってやるんだから! また来週も相手してよね」

 地団駄を踏むジェナを見て、アリソンは口を大きく開けてアハハと笑った。

「でも来週は確か雨の予報だったから、雨が降らなかったら相手してあげるわ」

 負けず嫌いなジェナは、可愛らしい顔からは想像つかないほど必死の形相で、雨が降りませんように、と天に念を送っている。

 テニスラケットを玩びながら校舎へ向かっていると、前方にあるベンチに座る人影が目に入った。一人で静かに読書をするデヴィンの姿だった。

 十八歳のデヴィンは友人が少なく、今みたいに一人でいることが多かった。嫌われているとか、イジメにあっているとかではなくて、物静かなだけ。本を読むことが好きで、ああして公園や校内のベンチで本を開いている姿をよく見かける。勉強は得意でスポーツは苦手。アリソンとは真逆だった。

 デヴィンのことはよく知っている。あれから話したことはないけれど、よく見ているから。

 学校でもデヴィンをよく見かける。一人でいることは多いけれど、友人と一緒のところを見かけることもある。親しい友人がいることも知ってる。勉強ができるから、テスト前には頼られて勉強を教えていたりする。みんな彼の優しさを知っているから、遊びに誘ったり、頼ったりで、彼を一人ぼっちにすることはなかった。

 休日は友人と遊ぶか、本屋に行くか、自宅か公園で読書をするか。まるで自分のことのように、デヴィンの休日の過ごし方を知っているアリソンは、少しだけ自分に嫌悪感を抱いた。デヴィンに振り回されている自分に。

 今もこうしてデヴィンのことを気にしている。悔しくてたまらないのに、気になって視線を逸らすことができなかった。こんなふうにずっと見てると、たまに目が合う。ほら、今も。

 一瞬だけ二人の視線がぶつかったように感じた。

 アリソンは慌てて視線を逸らし、彼の前を通り過ぎた。

 子供の時に、私のことを雑草呼ばわりしたデヴィンを見返してやりたくて、お洒落するようになったし、長い髪も毛先までケアを怠らなかった。言葉遣いだって女の子らしくしてみた。いつか『君はバラみたいに綺麗だね』なんて言わせたくて頑張った。デヴィンの目には、今の 私はどんな花に見えるのかしら。素敵なレディになれてるかしら。

 気になっても聞けるはずがなかった。もう一〇年も言葉を交わしていないのだから。



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