1-10 馬鹿の兆し
「えー、であるからして、諸君等冒険者に与えられし職務は、脅威となる魔物の適切な間引きと、勇者様ご一行の支援なのである」
白髪の老人が温和な口調で受講生たちに説明する。
俺たちは今冒険者講習を受けている。
俺はてっきり冒険者協同組合に登録なりすればすぐに仕事にありつけると思っていたのだが、考えてもみれば何の知識も無い素人に仕事を任せる程いい加減な組織もないはずだった。
それにしても勇者様ご一行とはまたご大層な話だ。
「魔王イシュフォールを滅ぼし、世界に平和をもたらす、その礎として諸君等に健闘して頂きたい。では、以上で冒険者講習を終了とする。出口で登録証を受け取るのを忘れずに」
講師の老人が教壇から降りて、教室から出て行った。
がらがらがらっと椅子を鳴らしながら冒険者たちが立ち上がり、次々に出口に向かう。
俺はのんびりとして、まだ席から立たない。
「何か考え事ですか?」
ギルティが机に手を着きながら俺に聞く。
「この世界って魔王とか勇者とかいるのな」
「そんな、今更な事を?」
今更な事だった。
「転生とか女神に言われたから、自分が勇者になっているとか妄想してたの」
「おめでたいですね」
「俺だってちょっとは良い目にあってもいいじゃん?」
俺は唇を尖らせて、不貞腐れる。
「勇者一行がどれ程苛烈な戦いを強いられているか知ったうえでの戯言ですか?」
ピアスがちくりと刺すように言うから、俺はますます不機嫌になった。
「知ってるよ。カセットコンピューターから最新スマホゲーまで一通りプレイしたし」
「カセ? 何です?」
ピアスが胡乱げな目で俺を見る。
「新鮮堂より1983年7月15日に発売された家庭用ゲーム機。日本国内での愛称はカセコン。基本は一人から二人プレイ。カセットを交換する事で様々なゲームをプレイ出来る」
「何を言っているんです?」
ピアスはドン引きしているようだが、構わずに説明を続ける。
「後継機のスーカセの爆発的大ヒットにより新鮮堂の地位は揺るぎ無いものになったが、以降に登場したプレイパークの台頭により高画質映像をふんだんに盛り込んだ新世代ゲームスタイルに押される形となった。以降主流となるそれ等はコンシューマーゲーム市場をほぼ独占しているが、新たに参入するメーカーは後を絶たない」
俺はにやりと笑って、虚空を眺める。
「ちょっとハイになっているようですね。そういえば朝帰りで随分と憔悴した様子でしたが、一体何があったのですか? まさかあの異端審問官と怪しげなプレイに興じていたという落ちですか?」
俺は夜明けまでの事を思い浮かべて、頬を緩ませた。
「何です? 豚が腹いっぱいになって、不気味に微笑んでいるかのような、その顔は?」
「だってさぁ……仕方ないだろ? 成り行きとか場の流れとかあるじゃん?」
俺は唇を尖らせて、ぷーぷーと息を吹く。
「あなた……! また性懲りもなく!」
ぎゅわっとピアスが俺の顔を踏んだ。
「てめっ! 何、……!?」
文句を言いかけて、俺は視線を定めた。
この高さ、この角度、ピアスの長い脚を一望出来るベストポジションなのだ。
頬がぐいぐい押される中、俺は油断も隙も無く、じっとピアスの脚に見入っている。
「もしもし、レッカさん、レッカさん、今ピアスの脚を眺めていますね?」
ギルティがそっと俺に聞く。
こいつ……! 何でそれが分かる?
「あー、あー! バッカさんがピアスの脚をナガメテイルなー!」
ギルティが棒読みでばらしてしまった。
「え? あ!」
ピアスは気が付いて、足を引っ込めた。
両肘を抱いて、涙目で俺を睨む。
「貴様……」
パワーが大槌を構える。
「幾らこんな痴女っぽい格好をしているからと言って、節操というものがないのか?」
俺は白い目でパワーの格好を眺めて、はっきりと言ってやった。
「いやいや、お前の格好こそ痴女そのものだろう?」
スタイリッシュハイレグレオタード軽装鎧。
「なっ! 言うに事を欠いて!」
パワーが怒った。
俺は潮時だと思って、席を立った。
そのまま急いで出入口まで行き、冒険者登録証を係の若い女性から引っ手繰った。
建物の出口を目指す。
「待て待てぇいっ!」
後ろから三人が追い掛けてくる。
「待つ馬鹿がいるか!」
べろべろばーっとあかんべえをして、出口から出た。
「あ、レッカ、これを届けに来たのだが」
アシュリーが道の真ん中で立っていた。
ドンと地面に置いたのは女神の大盾だ。
「ナイスタイミング!」
俺は女神の大盾を持って、上空から降下してくるパワーの大槌の一撃を受けた。
ずしりと重い衝撃が来た。
が、流石に大盾。悠々持ち堪えて見せた。
「このっ! このっ! このうっ!」
大槌を玩具のように軽々と振り回すパワーだが、その全てを俺は女神の大盾で防いで見せた。
「ほう……」
アシュリーが感心したように声を漏らす。
俺も出来過ぎなくらい上手く防げたと思った。
この大盾とは相性が良い。そんな手応えがある。
「ふんぬ! でやぁっ!」
思い切り振り下ろした一撃を俺は受けずに大盾を軸に宙で回転して見せた。
着地は大槌の柄の上で。パワーを見下ろす格好で余裕の笑みを浮かべた。
「いいぞ、兄ちゃん! 何だかよく分かんないけどよ!」
観客と化したおっさんたちが歓声を上げている。
俺は手を振って、いい気になって笑って見せた。
「素晴らしい、素晴らしい技だ」
下からアシュリーが褒めながら手を伸ばす。
握手してくれるらしい。
「いやあ」
俺は照れて、右手を差し出した。
その手首に縄を掛けられた。
「あれ?」
俺は笑顔のまま頬を引きつらせた。
「城下で騒ぎを起こしたな? 逮捕だ」
何と、驚く事に逮捕されてしまった。
更に驚く事に、これで三度目なのであった。
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