悪縁契り深し その3
岩影に身を潜めていたガロアは、
――平静そのものだ――
ガロアには
――何故、そこまで互いを見合える?――その問いかけに答える影が、ガロアの背に掛かった。
「それは《欲》」
少しばかり高くなった
然し、その風貌はハイケスの城で視た時より、
――
ガロアは、眼前に立つ獣人が何も見ていない事を悟った。
「生きとし生けるもの、その
――
「ウォーフとあのリザードマン、二人が欲深だから、とでも?」
「欲に抗うも、身を任せるも、全て自らの意思決定に
頻りに
その時、ガロアが今の問答とは全く別個の事実を察すると同刻、崖下に広がる水面は決して
寸刻の静寂の後、巻き上げられた水は雨となる。だが、降り注いだのは海水のみならず――ガロアとコーミュの頭上に影が
「カイマンッ!」
踏み出したコーミュが前のめる。コーミュの垂れ下がる裾を掴んでいたのは、ガロアの小さな手だった。
カイマンの
――美しい!――カイマンは息を呑んだ。
素手に
再度、遠巻きに視守るガロアは、夢に聞いた曖昧な言葉を鮮明に思い出していた。ならば、あれこそが“影”。欲の
地に
口中から
――
接触の直前、四足の獣は本能的に首を逸らし、蹴りは右肩に吸い込まれる。カイマンの脚先に伝わるは堅牢な鱗鎧の感触では無い、恍惚を誘う甘い破砕の――その姿、奇縁を脱ぎ捨てたか!――
交錯した両者の間に、距離が生まれた。その場に留まるカイマンと、勢いのままに駆け抜けた獣は、立ち位置を
獣の右前足が地に引き摺られている。右肩付近へ吸い込まれた蹴りは、鎖骨を無慈悲にも完全に破砕しており、その運動性を著しく落としていたのだ。これでは最早、使い物にはならない。然し、残る
この獣、鎧と共に海中で脱ぎ捨てたか、痛覚の一切を感知していない。対し、向かい立つカイマンの
交錯時、獣の爪は厚い
最早、退く場所も無い――勝たずば、帰らじ――構えたカイマンが呼吸を整える様に息吐く。時を同じくして、獣は
――片前足を潰されて尚、何と俊敏な動きか――盲目的でありながら正確な一撃がカイマンに迫り来る。回避を試みようとも、物音に補足される事を、カイマンは察していた。
――ならば!――威風堂々、カイマンは仁王立つ。左右に大きく広げられた両の腕は、果たして殴打の準備か――否、
仁王立つカイマンは避けない。
瞬時に、理性無き盲目の獣が異変に気付く。左前足が引き抜けないのだ。万力の如き腹直筋の締め付けが、獣の左前足を捕えて離さない。
――これで終わりでは無い――カイマンは、“締め”を腹直筋のみで済ます
軋む軋む、脱皮に
――
傾く、天秤が力に傾く――獣の
藻掻けども、暴れども、抜け出す事は叶わない。手脚は筋に捕らわれビクともしない。然し、筋骨を躍動させた足掻きは、全く別の、誰もが予期せぬ効果を
刺激していたのだ。豪腕で躍動を感ずる蜥蜴の“欲”を。
――我慢、できぬ――食欲が強烈に蜥蜴へ働きかける。食いたい、そう思うが早いか、蜥蜴は口元を獣へ押し付けた。
蜥蜴の鋭い歯が肩口へ突き刺さる。
僅かに残った理性と、両雄はここで決別した。蜥蜴と獣は互いに噛み付き、互いに
両雄の食事は徐々に肉厚な部位に移動して行き、遂に臓腑を食い破った。互いに互いの腹に顔を埋める様は、まるで
悍ましい
「あぁ……」
ガロアの隣で、
二人は、
――幸せそうな顔だ――禍福は
「……カイマン」
ポツリ、と思わず零れ出てしまったかの様に、コーミュの口からその名が漏れ出た。ガロアは立ち上がり、うんと腰を伸ばす。
「カイマン……は、幸せそうに見える?」
「はい……」
「そう」
カイマンの骸を撫でる“縁者”を見下ろしながら、ガロアは纏わり付く縁に思いを巡らせていた。
――縁とは、
「神が……私とカイマンを繋げた
その時――ガロアの
「……俺は分かるよ」
ガロアは光に解せず、影に
涙を湛えて振り向いたコーミュは、濡れそぼる犬だった。
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