合縁奇縁 その4
ウォーフは戦の喧騒から距離を離しつつ、ガロアに呼び掛けた。
「大丈夫か!?」
「ぐ……ぅ……」
返事はない。ガロアは脂汗を垂らして、苦しそうに呻くばかりだ。ウォーフはざっと触診し外傷がない事に安堵するが、ガロアの表情は苦痛そのもの。
堰を切ったように焦りが募る。その時、後方で大きな破裂音が響いた。
「ジェイス!」
「土だ! 土塊を飛ばしたぞ!」
恐らくウォーフが振り返った時に横たわっていた彼がジェイスなのだ。
取り囲んでいた三人の豪傑の一人、ジェイスは咄嗟に防ごうとしたのか左腕を圧し折られ、歪な呼吸を繰り返していた。
化物は手元付近の地面を突き刺し、今度はウォーフに向かって土塊を飛ばす。
「――ッ!」
ガロアだけは守らなくては、と覆いかぶさる。肩甲骨付近への被弾にジェイスと同じ末路が過り、ウォーフの全身は硬直した。
衝撃でバラバラになりそうだ……! ウォーフはぐっと堪える。
「痛くは――
ウォーフが思わず瞑っていた目を開くと、無事な我が身が視線を迎える。
先程からどういう訳かは分からないが、天の与えた幸運には違いない。追撃の土塊を背中に受け止めながら、ガロアを抱えて走り出す。
すると、今度はとんでもない人影が目に飛び込んできた。
「……おいおい」
――マジで正気じゃねぇ。
「ハンナ!」
「お姉様!」
堂々と草原を闊歩するハンナの気分は、実に爽快極まりないものだった。
それは身体を吹き抜ける風の感触の所為ではなく、腹部に仕舞われていた前掛けを揺らしているお陰でもない。
蹴り出した足先の感覚は、最早朧気である。末端から侵食しつつある死の冷気が感覚を奪っているのだ。
唯、それでも――死の冷気を遠ざけ、溶かし塗りつぶす。そんな熱にハンナは酔っていた。恥骨付近からうまれる、熱に。
ハンナは着々と前に見据えた化物に近付く。ハンナは自分でも知らず知らずのうちに、初めは緩やかだった歩調を早歩きの域にまで加速させていた。
「お姉様! 生きて――!」
「……ミネア……久しいな……」
ハンナは自分の縁者が並進している事実に今、気付いた。
出血の所為で霞がかった脳では、何故ミネアが此処に居るのかさっぱりわからない。それと、何故その様な面妖な出で立ちなのかも。
ミネアは自分自身に向かって怒鳴り上げた。
「びしゃびしゃ! 治せ!」
「無茶言うな! 家畜の構造しか知らねぇよ!」
「あ~~~! 腸を収めて止血しろ! 私の生命力持ってけ!」
「随分と……
ミネアは身に纏っていたビジャルアを放り投げ、即座に膝をつく。
ハンナはそんな奇行に慣れたものだと甘んじて受け入れた。これも縁者としての甲斐性だろうと。
ミネアからハンナに取り付いたビジャルアは腸を引っ張り上げる。続いて止血を済ますと、自らの体組織に蓄えた生命力と混ぜ合わせて血管に流した。
――熱い。
ハンナが感じたのは純粋な熱であった。とたんにハンナの視界から靄が晴れる。その結果、ガロアを抱えたウォーフも近くに居た事実についで気付いた。
四肢にまで血熱が通い切り、『精気』が漲る。
「ウォーフ! ハンナとガロアを頼んだ!」
「おい! ハンナ!」
制止の声は無視した。ハンナの足が地面を抉り、人並みならぬ脚力で地面に証を刻み付けていく。
体調は万全――否、それ以上の馬力だった。ハンナは彼我の距離を瞬く間に詰め寄っている。
化物の周辺では槍持の一人であるアイジープがやられ、もう一人の副団長と鎖を持ったヴィシルダの二人が土塊から逃げ惑っていた。
「なっ、女! 退け!
「断る。私は今――誰でも良いから斬ってみたい気分なんだ」
――そうか、私は斬りたいのか。
奇しくも、自身の望みを自身の言葉から理解した。ハンナは手元に覗かせた大剣を賞玩する。
お前はまた一段と『美しく』なった。
「奇縁! ならば
剣を見てヴィシルダが色付き、馬を走らせる。
「グオオオオォォ!」
緩みつつあった鎖がピンと張られる。化物は一段と苛立ち、激しくのた打って藻掻く。ハンナは間髪入れずに食って掛かった。
「グヴヴヴ……」
ハンナが化物の枕元に仁王立つと、化物は口に食い込んだ鎖を食い縛りながら、目の前の人物を睨み上げた。
ハンナにはそれが堪らなく可笑しく思えて仕方がない。
「アッハハハハ――!」
「女よ! 鎖を避けて隙間に刺せ!」
笑いながら
――硬い!
弾みかける剣を押しとどめ、更に全身の力と体重で強引に押し込む。
「あぁ……」
男娼を抱く貧者の如き声が漏れた。
体表を破った剣は首の半分程にまで一気に食い込む。ゴポ、ゴポ、と化物は口から血と呻きを吐き出した。
首に分け入った
剣に、ハンナの体重が全て、乗っかった。
「あぁ……」
吐息、一息。
突入時の手応えを全く感じさせないままに、もう半分の首をそっと断ち切った。
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