合縁奇縁 その3
箱に収められていた両眼球は、化物の目の前でガロアのそれと一つになる。
「チッ」
伸ばした手の静止は間に合わず。それはつまり、任務の失敗を意味する。化物は自らに与えられた使命を諳んじていた。
邪魔するものは糧としろ。そして、両眼を簒奪しろ。
産み落とされた時は赤子の如き化物も、人の殺し方はすぐに理解した。というのも、手と足を軽く振ればそれで済むのだ。
死人から外れた縁を
「抉り取るか……? いや、無事に取り出せるとは限らない。こいつごと持っていけば――」
その背にミネアは狙いを定めていた。足音と息遣いを鎮めながら、右脚に触れて合図を送る。
込められた意味合いは刺突。全身に纏わりつくビジャルアの一部が、鋭さを帯びて放たれた。
大きく能動的に動いたことで伸びた触手の擬態は解ける。それでも不意を突いた一撃は背の中心に着弾した。
「――なんだァ?」
効果はない。触手の刺突は鱗に弾かれ、掠り傷ひとつ付けられなかった。
「気合が足りてないのです」
「無茶言うな」
ミネアは突き出した触手を引き、振り向かれる前に触手の擬態を済まさせていた。
正面から攻撃が通らなくたってやりようはある。ミネアは既に潰されている両足、そしてお姉様がかち割った左手を見た。
しかし、そこで違和感に気付く。化物のトカゲ地味た頭部は、襲撃者の居場所を探すでもなく、ミネアの方向をじっと見ているのだ。
蜥蜴頭の口が静かに開かれる。
「縁か? 奇な……」
「――ッ!」
ミネアは擬態を見破った種に心当たりが合った。
ビジャルアの擬態はミネアと繋がる縁を消しているが、ハンナとの
ネジ曲がった足が踏み出されるのを見て、ミネアはビジャルアを殴り付けた。
「退避!」
今度は全身の擬態が解けて、後に向かって勢い良く牽引された。すぐさま、直前までミネアが居た場所を爪が通り抜けていく。
間一髪。両足の踏み出す速度は何者かに潰されている為か獣並だが、無事な腕を振るだけでもあの速度と破壊力だ。
一度見ていなければ、今の様子見でやられていただろう。ミネアは
「うおっ!」
ウォーフがすれ違いざまに驚きの声を上げる。そして、後方へ吹き飛んでいくミネアを一瞥だけし、すぐに走り出した。
「虫けら共がぞろぞろと……!」
しゃがれた声の視線の先には、新たに三人の男が煌びやかな男を先頭に馬を走らせていた。
「己《おれ》の名はヴィシルダ! 覚えておけ!」
ヴィシルダは誰に言うともなく名乗りを上げた。化物と視線をぶつけあったヴィシルダは、次の一瞬を戦況の把握に努める。
目に映ったのは横たわる子供、悪魔の使い、少し離れてエルフ、更に後方には得体の知れぬ痴れ者。なんとも混沌とした空間である。
――なればこそ、『ヴィシルダ』の威名を受け継ぐ傑士に相応しい。
ヴィシルダは左手に
「下乗! 散開しろ!」
後方に追随するアイジープ、ジェイス、ハイケス私兵団副団長からなる三の豪傑に
そして自らは鎖を投擲し、馬を引き止めた。化物は投げ掛けられた鎖に対し、一切の回避行動を見せない。
全身に纏った鱗の防御を貫かれる事態は稀と知っているからだ。
「
――だが、これは唯の鎖に非ず。
ヴィシルダと化物との間合いを流線に撫でる鎖は、先端の錨をその傷一つない右腕に
間を置かず、ヴィシルダは次なる
「槍持て!」
即座に化物を三人の豪傑が取り囲む。彼らは選りすぐりの猛者を更に
化物は大木の如き腕にて振り薙ごうとし、唯一無事の右
次いでヴィシルダの手元を出処と
その姿にヴィシルダは高らかに笑い声を上げる。
――彼奴は
「この枷鎖に
十分な鎖の
――繋がれた鎖の顛末が愚鈍な戌っころには死んでも解せんのだ。
ヴィシルダは鎖を引っ掴み、馬を走らせた。馬の脚力で引き絞られた鎖は化物の全身に絡み付く。藻掻けば藻掻く程に鎖は絡まり、より強く喰い込んだ。
なおも力任せに暴れる腕が鎖を引掛けて、化物は自らの片足を掬い取った。
「グォッ!」
「倒れたぞ! 突け!」
即座に豪傑共が躍り掛り、槍を突き出す。その時、機を窺っていたウォーフがガロアに駆け寄り、しかと抱き上げた。
ヴィシルダは突き出された穂先の行方に驚愕する。
「なんと強靭な表皮!」
豪傑たちの突き出した穂先は、悉く体表を滑っていくのだ。
――彼奴の両下肢を損壊せしめた『アステラ』とやらは化物か!?
絶えず藻掻く化物に鎖は引き出され続けている。
過去にヴィシルダが獣人の罪人で生き試した時も、限界まで引き出してはいない。その為、ヴィシルダ自身も何処まで伸ばせるのかは知らなかった。
しかし、内に秘めたる
ヴィシルダは幾ばくかの憂いを律し、檄した。
「傷を狙うのだ!」
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