犠牲

 教授の別荘での晩餐会後、俺、マイラ、イワンは教授とともに別室に移動した。中で見たものは、壁全面に飾られた何十枚もの人物写真だった。

「教授、彼らはいったい……」

「この有人飛行計画で、亡くなった者たちだ」

 俺の問いに、教授は答える。

 背筋を震わせながら、俺は壁の写真を見回す。

 二十代の青年から五十代の壮年まで、男女の姿があった。白衣の技術者、ツナギの作業員、軍服の軍人……あわせて、100人は超える。

「教授、僕たちは何も聞いていません!」

 イワンは教授に詰め寄る。

 彼が動揺するのも当然だ。有人飛行計画で100人もの死者を出しているなんて、誰の口からも聞いていない。

「……1年前の59年10月、このチュラタヌール基地で大事故が起きた。ロケット燃料の爆発により、100名以上もの人員の命が喪われたのだ」

 教授は1年前の1959年10月に起きた大事故を語る。

 その日は、新型ミサイルの発射実験が行われる予定だった。宇宙開発とは別の軍事利用のためである。教授の携わっていない、そのロケットは欠陥だらけだったという。しかし、発射は強行された。

「設計責任者のミヒャイルは、焦っていたのかもしれない。本来ミサイルとは西側諸国への戦略兵器だ。それが人工衛星発射の成功により、おもむきは変わった。政府首脳部は、より祖国の優位を示せる宇宙開発に注力するようになったからだ。私にとっては望むべきことが、彼にしてみれば存外のことであったのだろう」

 ロケットの発展は二つの側面を持つ。兵器と、宇宙開発だ。

 教授たちは、後者に携わっている。その一方で、前者に身を注ぐ者もいる。

 むろん、その二つは無関係ではない。前者の発展が後者にも及び、反対も。

 人の感情は、不思議なものだと俺は思う。

 自分が直接褒められなければ、嫉妬する。同じ努力、苦労をしているのに、どうしてあいつは……と、妬むのだ。

 もちろん、俺にもそんな感情は存在する。

 同じ宇宙開発のためのロケット部門でも、教授の第一設計局、フルシェコ博士の第二設計局が存在する。二つの設計局は互いに成果を競い、激しい火花を散らしているのだ。

 だからこそ、目的の違う部門ではその嫉妬はより強かったかもしれない。

「実験には、戦略ミサイル軍司令官であるヤーコフ将軍も同行していた。そのことが、事故をより決定づけたのだと私は思う。現場の実情も知らず、結果のみを請求する者が姿を見せれば……何が起こるか予測はつくのではないだろうか」

 教授は俺とイワンにその時の現場を浮かべることを促す。

 戦場で一番厄介なのは、敵よりも、無能な上官だ――という教えを、俺は思い出した。

 飛行学校時代、戦場経験のある教官が苦々しく言っていたのだ。

「君たちの想像どおりだ。欠陥のあるロケットに、発射を急かす司令官、現場は混乱した。そして、ロケットのタンクから燃料が漏れた。後は、まさに火を見るより明らかだろう。燃料に引火し、大爆発――結果、技術者、作業員、ミヒャイル、ヤーコフを含めた100名以上もの人々の命は、喪われた」

「遺族には何と……?」

 イワンの問いに、教授は首を横に振る。

 俺たちはその場合、ソフィエスがどのような対応をとるのかを知っている。

 きっと、遺族には「事故で死んだ」としか伝えられていない。俺の父さんの時と同じだ。

「彼らを殺したのは、私の怠慢によるものだ。ミヒャイルに対して、もっと意見を述べるべきだった。兵器開発は管轄外だ、あちらは私を疎んでいる。そんな雑事など無視していれば……」

「教授……」

 違う。教授が殺したんじゃない。

 原因は別のところにある。設計者の焦り、司令官の虚栄心、この国の組織体系……。それら全てが複雑に絡み合い、結果、起こってしまった。

「ステッラに限らず、数々の非道な実験。ロケットの爆発による死傷者。そして、君たちを明日の飛行に行かせること……これだけのことをしているのだ。私の命があと僅かなのも、報いなのだろう」

「え……」

 イワンは顔を強張らせる。

「宇宙に憧れを持つことは、幸せでもあり、呪いでもある。そのために、私は前の妻と娘を不幸にしてしまった」

 教授は、前の妻と言った。クラーラさんは後妻なのだ。 

 教授、前妻と娘さんの間に何があったのか俺は耳を傾ける。  


 

 

 

 



 

 

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