祖国、CCCP

 12月24日。

 明日の打ち上げに備え、今日は諸々の最終調整が控えていた。

 朝食を終えた俺たちは基地内の一室に移動する。

 その部屋には、宇宙服の開発担当者グレゴリィと、二人の同僚の男性が待っていた。

「アニケーエフ、ベロウソフ飛行士、お久しぶりです」

「グレゴリィさん、おはようございます」

 俺とイワンは彼に挨拶する。

 そこで俺は気づく。グレゴリィは以前見た時よりも髪、髭を伸ばし、着る白衣はよれて、それに……臭う。

「お二人の宇宙服は完璧に仕上がりました。さっそく、着てもらいます」

 彼がマネキンに着せられた宇宙服を指示すると、同僚は動き始める。マネキンから宇宙服を脱がし、俺とイワンの元へ運んだ。

 俺たちは軍服を脱ぎ、彼らの補助を受けながら宇宙服に着替え始める。 

 順序として、まず、青色の強靭なゴム加工与圧服、次に橙色の上着を重ねた。この二枚重ねで、俺たちを加速重力、気圧の変化から身を護るのだ。

「どうですか?」

 着替え終えた俺たちにグレゴリィは尋ねる。

 俺は腕を左右上下に振り、足踏みをして、着心地をたしかめてみた。

 重さを感じるが、不自由というわけではない。これまでの運動訓練、グレゴリィたちの開発努力のおかげだ。

「はい。ぴったりです。俺たちのために、ありがとうございます」

「良かった。そう言ってもらえると、僕たちも肩の荷が下ります……ふぅ」

 グレゴリィは息を大きく吐いた。他の二人の同僚も。

 彼らのくたびれた容姿、疲れた表情からして、完成にはそうとうの無理をしたようだ。

「お疲れ……のようですね」

「……はっ? だ、大丈夫です。すみません、よけいな気遣いを」

「疲れているのはあなた方だけではないのでは? ここの職員、みな、ぴりぴりしている。打ち上げが迫っている緊張感だけじゃない。焦りもひしひしと感じる。スィ教授はまだ見ていないけれども、あの人もきっと……」

 イワンは昨日から見た職員の様子を語った。

 俺も同じことを感じた。任務を成功させるために、緊張感は必要だ。けれども、それ以上の緊迫感が基地から漂っている。

 12月25日に打ち上げろ。という政府上層部からの無理難題。それを成功させるために、彼らも必死なのだ。

「やはり、気づいていましたか。みんな、世界初の有人飛行を成功させるためにがんばっています。上から命令された……だけじゃありません。自分たちの技術が世界一だと証明したい。それが、あなたたちを無事に生還させることにも繋がるのですから」

 グレゴリィたちは、俺へまっすぐ目を向ける。彼らの瞳には、かっこたる意志が宿っていた。

「グレゴリィさん……」

 身が引き締まる思いがした。自分の身に着けているものは、多くの人の、努力の結晶であることに。

「では、次にこのヘルメットを被ってください」

 グレゴリィはヘルメットを渡す。

「このCCCPの文字は?」

 ヘルメットには、先日視察した時には見なかった文字「CCCP」が記されていた。

「祖国、ソフィエス社会主義共和国連邦の頭文字です」

「あ、そうか……」

 国の代表者としてゆくのならば、当然のことなのだろう。

 以前の俺なら、この文字を着けることに抵抗があったかもしれない。けれども、今は違う。CCCPの4文字に、星への始発駅、スタールィ地区といったこの国に住む人々の顔が思い浮かぶ。

 俺は、彼、彼女たちの想いの代弁者なのだ。

「マルス、気に障ったのなら……」

 イワンは俺へ気遣うような視線を向ける。俺の過去を知っているからだ。

「いや、そんなことはないよ。むしろ、誇らしいくらいさ」


 ヘルメットを被り、装着は完了した。

「……」

 マイラは宇宙服を着た俺の姿をじっと見ている。

 俺はヘルメットのバイザーを外し、マイラに問いかけた。

「どうかな? もしこの姿で、他の星の生命と会ったら、かれらは何を思うのだろう」

「はじめはびっくりするけど、まるすが笑ってくれたら大丈夫」

「うん、そのとおりだね」

 マイラに言われて気づく。どんな姿でも、言葉が通じなくても、相手を理解しようとする。それを忘れてはいけないと。

 だから、俺は笑った。

「ベロウソフ飛行士、その時はかれらがどんな姿をして、服を着ているのか教えてください。今後の参考にしますので」

 グレゴリィが先ほどの俺の問いかけに反応する。

「異星人といったら、やっぱりイカ型なんですかね? 私、子どものころにイカ型宇宙人が地球を侵略する本を読みました。そのせいで、しばらくイカが食べれなかったんですよ」

「いや、人とは限らないよ。他の星では既に人は滅んで、機械が代わりに活動しているのかもしれない」

 他の二人の同僚も、話に混じった。

「ふむ、ヒト型以外の生命体の可能性だね。だったら、僕はイヌ型生命を推すな。それには理由があるんだ。ロケットに犬が乗せられて、どこかの星に不時着……」

 イワンは自説のイヌ型生命の星を語りだす。

 そのまま、俺たちは異星人はどんな姿をしているのか? という議論を交わす。

 その間、マイラは自分を指さして、「わたしは? わたしは?」と自分のことを話題に取り上げてもらいたさそうにしていた。

 議論に熱中していると、ドアが外からノックされる。

 黒色のスーツを着た女性が入り、イワンに顔を向けた。

「アニケーエフ中尉、そろそろお時間です」

「分かりました。今、行きます」

 イワンはすっと軍人の表情に変わり、返事する。

 彼はこの後、軍、政府の幹部と会見する場が設けられているのだ。

「じゃあ、僕は失礼するよ。グレゴリィさん、宇宙服をありがとう」

 イワンは宇宙服を脱ぎ、軍服に着替えて、部屋を出た。

「グレゴリィさん、189開発部のみなさんにも感謝を伝えてください。この宇宙服で世界初の有人飛行は成功し、飛宙士が誕生する。その飛宙士は忘れません。自分の有人飛行に携わった人々の想いを。英雄は一人だけではない。全員がその評価に値すべきなんです」

 俺は敬礼する。この部屋にいる三人のみならず、有人飛行に携わる全ての人々への感謝を込めて。

「……はい。僕たちは、この仕事に関われて本当に良かった。この先何十年を経ても、歴史に刻まれた飛宙士の名を見る度に、誇りに思うでしょう」

 3人は、敬礼を返してくれた。

「おじさんたち、ありがとう」

 マイラは3人に手をぎゅっと握り、感謝を告げた。

 



  

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