二着の宇宙服

 有人飛行の操縦士、控えの発表後、俺とイワンは他候補生とは別の講義、訓練を受けることになった。

 俺、マイラ、イワンは始発駅の中枢区、実験開発棟の一建物に入る。玄関の標識には、「第189開発部」とそっけないものだった。中に入れば、ひょろりとした背の高い青年が俺たちを出迎える。歳は三〇過ぎ、丸眼鏡で無精ひげの男性だ。

「アニケーエフ、ベロウソフ両候補生、初めまして。僕はグレゴリィ。ここで宇宙用耐圧服、略して宇宙服の開発をしている者です」

「宇宙服?」

 俺とイワンは初めて聞く名前の服にきょとんとした。

「はい。あなた方飛行士が飛行機に乗る際に着る服を、与圧服と言いますね。宇宙服はその名の通り、飛宙士が宇宙空間で着るものですよ」

「それならば、与圧服を着ればよいのでは? それに、宇宙船は機密が完璧と聞いています」

 イワンのもっともな問いかけだった。

「いやいやいや、何を言っているんですか? 宇宙は真空ですよ? もし船に小さな傷があったとします。最初は小さくとも、それが発射、飛行の衝撃で大きく開く。開いた傷からあっというまに中の空気は飛び出し、減圧。一分も経たずにあなたは窒息死です!!」

 グレゴリィは反論する。途中で語気が荒くなり、最後はふぅふぅと鼻息を大きく鳴らして。

「……わ、分かったよ。俺たちの身を護るために必要……必須なんだね」

 俺は彼の迫力に押されて、うんうんとうなずいた。

「分かって頂けましたか。宇宙服もロケット、宇宙船と同様、計画当初より開発していたのです。何かあった時、飛行者を絶対に生存させるために」

 話の途中、グレゴリィは俺の隣のマイラを見る。

「ライカ犬、ステッラ……。あの頃、僕が耐圧服を完成させていれば……助かったかもしれません」

 マイラの中にいるステッラを見ているようだった。

「おじさん、大丈夫だよ。すてっらは私の中にいるから」

 マイラは、彼になぐさめの言葉を贈る。

「うん? 僕を励ましてくれるのかい? ありがとう、賢い子だね。……では、こちらへ。宇宙服の説明の後、お二人の身体測定をしますので」

 別室に移動後、俺たちは開発中の宇宙服一式を目の当たりにした。

 マネキンが被るヘルメット、着る宇宙服を見て思う。まるで古い空想科学小説の挿絵の異星人だと。あるいは、潜水服とも。

「色はだいだいか、派手なんだね。この色には何か意味が?」

 イワンは目を引く色に関して質問した。

「はい。地球帰還後、宇宙船より脱したあなたたちを発見しやすくするためです。知っていますか? 橙は国際救難色。世界中どこに降りたとしても救助してもらえる……はずです」

 つまり、派手な色で目立たせ、発見、救助を迅速に行うためだ。……が、彼の語尾、「はずです」というのが気になった。

 そのことを尋ねようか迷っていると、イワンがそっと耳打ちする。

「……西側諸国に降りた時のことを考えるといいよ」

 彼の言葉に、俺はあることに気づいてしまう。

 俺たちの帰還予定地は共和国圏内ではあるが、もしもという場合もあった。同盟国東側陣営であれば良いが、対立国である西側だったら……。

 俺はごくりと唾を飲む。その時の対処も政府は想定済みだろうと。

「あ、そうだ。この服を着て、宇宙船の中でどうやって排泄処理をするのか気になりません? お答えしましょう……」

 暗くなりそうな雰囲気を避けようとグレゴリィは話題を移す。

「おしっこ? ……そうだよね。地球に帰った時、おもらししてたら恥ずかしい……」

 マイラの言うことに俺も想像する。

 地球帰還後、股間に染みがあるのはかっこ悪いものだ。

「そ、そうだね。ぜひともお願いするよ」

 俺たちはその話題に乗って、グレゴリィは説明を続けた。

 話は終わり、俺たちは宇宙服の機能、脱着の方法を知った。次に身長、体重を測った。それだけでなく、胸囲、胴囲、腰囲、股下の寸法も。   

「ふむ、事前の記録通り、お二人の身長体重、その他もほぼ同じ。助かりますよ。同サイズの服を二着用意すればよいのですから」

 測定、寸法を終え、グレゴリィは一息つく。

 彼の話によれば、宇宙服一着に費やした金額は、億にも届くという。その額を聞いて、頭の中はお札で一杯になった。いったい、何個の黒パンが買えるのか。

 くわえて考えれば、この有人飛行計画にどれだけの国費が賄われているのだろう。おそらく、天文学的数値だと予測する。お金だけじゃない、人員も。この始発駅だけで何千人、共和国全体に拡げれば、数万人に達するのではないか。

 いや、そうじゃない。国費はみんなの汗水の結晶だ。なので、計画には国民全てが関わっているともいえる。

 俺たちを宇宙へ飛ばすために。

「……ベロウソフ候補生? どうしたんですか?」

「あ、すみません。急に肩が重くなって」

「たしかに、宇宙服は頑丈かつ柔軟、それでいて軽量であることを求めましたが、今の技術では限界がありました。一式を着こめば二三キログラム、このヘルメットだけでも三キロはあるものです」

 グレゴリィはヘルメットに目を向ける。

 ヘルメットは大きな金魚鉢を逆さまにしたような形をしていた。

「宇宙服を装着し、ヘルメットを被れば飛宙士の完成です。……形だけは、ですけどね。後はあなた方が宇宙に行き、戻れば正真正銘の飛宙士ですよ」

「うん、そのつもりだよ」

 イワンは強くうなずいた。

「では、次にここに来てもらう時は、実際に装着してもらいますからね。それまでに、ちゃんと説明書に目を通してください」

「ええ。あなたに出会えて良かったです。宇宙服、期待してますから」

 俺はグレゴリィに敬意のまなざしを向けた。

 俺たちのために心魂を傾けているから。

「……はい。僕は僕の出来ることに全力を尽くします。だから、お二人とも……必ず、地球に戻ってきてくださいね。実際に宇宙に行った人の意見、服の改善点を聞きたいですから!」

 グレゴリィも熱いまなざしで俺たちを見返す。左右それぞれの手で俺、イワンの手を固く握った。

 俺とイワンも強く握り返す。

 想いは同じだ。有人飛行を成功させる。宇宙に行き、戻ること。そのために。

「わたしも」

 と、マイラは俺とグレゴリィの結ばれた手の上に自分の手を乗せた。

「あ、ごめんごめん」

「仲間外れにしちゃいけなかったね」

「本当に賢い子ですね。あの子もそうだったな……」

「……ふふっ」

 成人の男三人と少女一人の組み合わせが面白くて、俺は思わず笑う。その笑いは二人にもうつり、最後は三人ともに口を開けて笑った。

「……むぅ、何だかそがいかん。男のゆーじょーってやつ?」

 マイラだけはきょとんとして。


 第189開発部の棟を出た時、イワンは小さく言った。

「ヘルメットで顔を覆い、宇宙服で体型を隠せば……はためには見分けがつかないんだろうね」

「……」

 俺はそれには答えない。 

 服のサイズ、外見は同じ。その二つが今度の飛行の肝になっているのだ。

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