控え

 翌朝、管理センターの講義室で候補生は集まり、中佐を待った。

 その間の話題は無論、初めて宇宙に飛ぶ飛宙士のこと。誰が選ばれるのか、控えの人員はいるのかと声に出している。みな、自分が選ばれるという自負はあった。そのため、中佐の到着をまだかまだかと心待ちにしている。

「先輩は誰だと思います? もちろん、自分だと思っているでしょうが、ここはあえて」

 右隣のエヴァが俺に聞いた。

「ハハ……それは口にしないでおくよ。誰が選ばれても俺は、納得するから」

 俺は本心が表れないように努める。

 その結果は既に知っていたからだ。今は誰にも悟られるわけにはいかない。

 最前席のイワンも同じく、いつもの穏やかな表情だった。

「ほう、ベロウソフ君は殊勝な心がけだねぇ。さすがに一度は候補生の資格を失って、奇跡の復帰を遂げた方は言うことが違いますなあ」

 前席の候補生最年長の大尉が話かける。

 俺が始発駅を出て、数日間行方不明になり、病院に入院した一件。詳しい事情を知っているのは中佐、イワン、クルスク、エヴァたち一部の人のみ。大尉を含め他の候補生は、先程顔を見せた俺に非常に驚いていた。

「大尉、その言い方、少しトゲがありますよ」

 彼の皮肉に、エヴァはむっとしていた。

「いや、悪気があるわけじゃないんだよ。俺たちも心配したんだ。ベロウソフのことをさ。あんなに頑張ってたお前が急にいなくなっちまって、戻って来たと思ったら入院してる。中佐は事情を説明してくれない。そりゃ薄情ってもんだろ」

「大尉……すみません」

「分かってる。みなまで言うな。お前を含めて誰もが人には言えないものを抱えている。それを無理矢理聞こうなんて思っちゃいないさ。ただ、これだけは言わせてくれ。ベロウソフ、よく帰ってきたな」

 大尉の言葉に胸がじん……とあったまった。

 俺はもう何も言わず、頭を下げる。前の大尉だけでなく、部屋にいるみんなに。

 イワン、クルスク、エヴァだけじゃない。二〇人が全て、かけがえのない仲間だ。

 盛り上がる講義室の外から軍靴の音が聞こえた。即座に全員、口を閉じる。ドアは開かれ、中佐が入り、教壇に立った。彼女は室内を見回す。

「……みな、分かっているようだな。三週間後の二五日に実行される宇宙への有人飛行。そのロケットの操縦士、および控えを今より発表する」

「……」

 室内の静けさが深まった。くわえて、痛みを感じるほどの緊張も。

「操縦士はイワン・ヤコヴレヴィチ・アニケーエフ。控えはマルス・ベロウソフ」

 発表されたイワンと俺の名に、室内はどよめいた。

「イワンか……以前みなが投票した結果通りだ」「控えはベロウソフ……。そのために候補生に復帰したのか?」「だとしたら、次は誰に? 成績順なのかしら」「初の飛宙士は彼だけども、女性初なら私が……」「……くそっ」

 納得、驚き、疑問、意欲、悔しさ……十人十色の感情が渦巻いている。

 隣のエヴァを見ると、目尻に涙がたまっていた。

 俺の視線にエヴァは気づいて、急いで目をぬぐう。

「……えへへ、少し恥ずかしいですね。でも、イワンさんが選ばれたのなら納得です。……先輩は?」

 まだ涙は完全に消えていない。その涙に、俺は二重の意味で辛かった。

「悔しいよ。でも、それ以上に彼が選ばれたことが嬉しくもある」

「……うん、そうですよね。初めてはあの人でも、まだ機会はあるはずです……でも、駄目だな。私、自分が思っているほど、心が狭いのかな……ぁ、うぅ……」

 こらえきれず、エヴァは再度悔し涙を流す。

 その気持ち、痛いほど分かる。今までの自分の努力が叶わなかった。初めて宇宙に行くのが自分ではなかった。悔しいけれども、友人が選ばれたことを喜びたい。二つの感情がまぜこぜになって自分を制御できない。

 俺も、昨日初めて聞いた時点ではそうだったのだ。

「えば……」

 マイラはエヴァをなぐさめようと、自分の体をすり寄せた。

 イワンを見れば、周りから祝福を受けている。それに対し「ありがとう」と礼を述べていた。彼らしく、みなの心情を想い、感情を露わにせずに。

 イワンも内心穏やかではないだろう。

 俺たちは、話せない秘密を抱えているのだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます