飛宙士発表

 俺とマイラは病院を出て、車で第一試作局に着いた。同乗した中佐も揃って、教授のオフィスへ入室する。その中には、先客がいた。

「イワン? 君もここに呼ばれたのか」

 彼は制服着用、背筋をぴんと立て、椅子に座っていた。

 部屋にいるのはイワンのみで、教授はいない。

「マルス……そうか」

 後から部屋に入った俺たちを見て、イワンは至極納得した顔をする。

「……」

 俺とイワンは互いに頷く。考えていることは同じ。俺たちのどちらかが、初の飛宙士に選ばれるのだ。

 俺、マイラ、中佐も座り、教授を待った。

 以前この部屋を訪れた連れ去られたのは、七か月前の五月はじめになる。マイラと初めて会った夜の、翌日。その時に教授から候補生に勧誘された。二度目である今回は……。

 俺を含めて四人、誰も言葉を発しない。壁時計の針がこちこち……と動く。この部屋で、初の飛宙士が判明するのは何分後だろう? その時、俺はいったいどんな心境なのか。嬉しさ、もしくは、イワンに対しての遠慮。いや、そんな態度を見せたら彼に対して失礼だ。

 ……あれこれと思いを巡らせていると、右横に座るイワンと目が合った。

「……」

 彼は、にっと歯を見せる。

 その顔を見てすぐに理解した。何も迷うことはない。お互い、今まで全力を尽くしての結果なのだ。どちらかが選ばれても、それを最大限に称える。始発駅の湖で彼と約束したじゃないか。

 俺もあの時の約束を覚えているよ。という意味を込め、イワンに歯を見せる。

「お前たち、それは何かの合図か、暗号か?」

 それを目ざとく見ていた向かいの中佐は質問する。

「いえ、ただの確認です」「気にしないでください」

 俺、イワンは同時に答えた。

「……ふ、なるほど、教授がお前たちを選んだわけだ」

 中佐は失笑まじりに俺、イワンを見つめた。

 不意に、がちゃと、背後のドアが開く。

 その音を聞いて俺、イワン、中佐は表情を硬くして、背筋を立てた。

スィ教授、マルス・ベロウソフ候補生、イワン・ヤコヴレヴィチ・アニケーエフ候補生、召集に応じ、集合致しました」

 中佐は起立し、敬礼して入室した教授を迎える。

「うむ。待たせてすまなかったな」

 彼は、はっきりとした声で返した。良かった。意識不明で倒れ、手術するほどだったのだ。何かの障害が残ってはいないかと心配していた。 

 しかし、教授の歩く足音が聞こえない。代わりに、きこきこと車輪の音が聞こえた。あとは、もう二人ほどの足音。

 彼は俺たちの正面にまわり、その姿を見せる。

「教授……あっ」

 俺は彼を見て、声が停まってしまった。

「私の雛鳥たちよ、久しぶりだね」

 挨拶する教授は車椅子に座っていた。二人の看護婦が随伴している。一人は車椅子を運び、もう一人は移動式点滴を持っていた。その点滴のチューブは、教授の胸に収まっている。

 まるで、重病者の装い。

 痛々しい彼の姿に、俺とイワンの表情が曇る。

「どうした? 表情が暗いぞ。私は、まだ大丈夫だよ。名医に診てもらったからな」

 逆に、教授は努めて明るく振る舞っていた。気ははつらつとしていたが、彼のほおはやせ、腹もへこんでいた。

 星が燃え尽きる前の最後の輝き。

 そんな考えが頭に一瞬よぎり、俺はあわてて頭を振る。

「まるす、きょーじゅは大丈夫って言ってる。だから、ね?」

 左隣に座っていたマイラが俺に話しかけた。

「……ああ。分かってる。だからこそ、これから彼の話す言葉を心に刻まないといけないんだ」

 彼女の言葉で俺は教授の言を一語も漏らすまいと決心する。

 教授が自分の限界を一番分かっているのだ。一秒でも無駄にしてはいけない。

 俺は再び姿勢を正し、教授の顔をしっかりと見た。隣のイワンも。 

「イワン、マルス。両名、ここへ来てもらった理由は予測がついていると思う。三週間後、我々は有人飛行計画を実施する。その初となる飛宙士を今、発表しよう」

 遂に――。俺は気を落ち着かせようと唾を飲み込んだ。しかし、心臓がどっくどっくと激しく動悸する。握った手は震え、汗がにじむ。

 教授の次の言葉が長かった。実時間では一秒にも満たないはず。なのに、俺の体感時間では、その数百倍にも感じられる。

 震える左手に、マイラの手が添えられた。

 彼女も、震えている。

 マイラも同じだ。それを思えば気持ちは安らいだ。

 そして、永劫 かと思われた刻は動き、教授の口が動く。

「名前は――」

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