闇 ―イワン четыре―

 病室を出た俺は放心し、夢遊病のように院内をさまよっていた。

 教授の死期が近い? 俺は彼に何が出来るのだろう? 彼の望む飛宙士になれるのか? 様々な疑問が頭の中に浮かんでも、全く答えが分からない。それどころか、更に新たな疑問が……次々に発生する。

 暗中模索とは、まさに今のことだった。

「……え、ここ、は?」

 気づけば、おかしな病棟に迷い込んでいた。ここは廊下に電気が点いておらず、患者、医師、看護婦、誰もいない。ひっそりとして、やけに寒々しい場所だ。

 すぐに戻らなければと、俺はあちこちを歩き回る。だが、それは悪手だった。脱出どころか、一層闇は深く、無音の深淵のような箇所に迷い込む。

 ……怖い。闇と無音は無音響低圧室で耐えたはずなのに。今思えば、あれは俺一人で成し遂げたことじゃない。彼女がいたからだ。

 それに気づいた俺は、無性に彼女に会いたくなった。

 マイラ、どこにいるんだい? 俺をこのまま独りにして、闇に置き去りにしてしまうのか……。

 恐怖で心が塗りつぶされそうになった時、俺は発見する。

 長い廊下の先にただ一つ、明かりの漏れるドアがあった。すがる気持ちでそのドアに走り、近づけば、中から僅かに声が聞こえる。

「……今日はお疲れ様。彼が失礼な事をして申し訳なく思うよ。彼は反対派だからね。今日の件を上層部に報告し、教授の計画をここぞとばかりに非難するだろう」

「……ごめん、なさい。私が……でも、まだその時ではありません。……たちはもっと、……たいのです。この星の……を」

 中には、二人いる。

 二人とも女だ。片方は小声で、はっきりと聞こえない。

「君の迷い。それは使命だけではない。あの子のこと、……になっているんだね」

「! はぅ……それは」

「否定することじゃないよ。成長の証だ。つまり、君は……に近づいている」

「でも、そうなったら、私は……の時、余計に……」

 中の二人は、俺にとって重要な話をしている。そう直感し、俺は思い切ってドアを開けようとした。

「――はっ?」

 しかし、背後から人の気配が忍び寄る。

 振り返ろうとした瞬間、首筋に小さな痛みを受けた。

 視界はぐるりと回転し、廊下に倒れ込む。そのまま、世界は暗闇に……。



「……あ」

 目覚めた時、俺はバスの席に座っていた。他の乗客は、隣で眠るマイラのみ。

 俺たちを乗せたバスは、夕暮れの幹線道路を走っていた。

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