揺らぐ氷の皇女 ―エヴァ три―

 翌日の昼休み。俺とマイラは居住区の病院を訪ねた。ここに入院しているエヴァを見舞いに。

 今朝、中佐から彼女の入院を聞いた俺は座学終了後、直ぐに走った。看護婦から病室を聞き、その部屋に入ろうと近づいた時、中から声が聞こえる。

「クズネフォワ、最近のお前はどうした? 今回は腫れで済んだものの、そんな弛んだ気持ちでは、大怪我……死んでしまうぞ!」

 病院に似つかわしくない大声、中佐だ。

 俺は入るのをためらい、ドアを少しだけ開き、中を覗く。

「……は、はい。もうしわけ、ありません」

 ベッドで叱責を受けるエヴァは顔を青くして、震えている。

「……もういい。お前は私が良いというまで訓練は中止だ」

「え? そんな……」

「お前一人にみなが迷惑する。……自分の気持ちを整理しろ」

 たしかに中佐の言うことは最もだが、今のエヴァに酷過ぎる言い方ではないか?

 そう思った俺はたまらず部屋の中に突入する。

「中佐、今の言葉は言い過ぎだと思います。訂正してください!」

「……」

 突然現れ、中佐に反論した俺にエヴァはぽかんとする。

 が、

「ほう、ベロウソフ候補生はいつのまにか覗きも身につけていたようだ。しかも、上官を諫めるという」

 中佐は少しもたじろかず、仁王立ちで俺をぎらりと睨む。

 雷が落ちるのを覚悟した俺は背筋を立たせた。しかし、中佐は俺を無視して、部屋から出て行こうとする。

「……ベロウソフ、午後の訓練には遅れるなよ」

 と、それだけ残し、退室してしまった。

「……は・ぁ~~」

 自分の雷予報が外れたことに、俺は大きく息を吐き、安堵した。

「……う、ぅ……」

 逆に、エヴァはシーツに顔をうずめ、泣き出してしまう。

「エヴァ? そんな怖かったのか?」

「えば、泣かないでぇ……」

 俺とマイラはエヴァを必死にあやす。

 一〇分後、エヴァはようやく泣き止んでくれた。しかし、ほおは赤く腫れ、氷の皇女としての面影は全く無い。

「……落ち着いた?」

 俺はベッドの傍らの椅子に座り、出来るだけエヴァに寄り添った。

「……はい。すみません、取り乱しちゃって。憧れのリーリヤ中佐に怒られて、それまで溜まっていたものが溢れちゃったんです……」

「憧れ……ああ、あの人は共和国女性飛行士の先駆けだからね。君が飛行士を目指したのも」

「はい。理由の一つです。だから、この町で中佐を直に見た時は嬉しくて、メモにサインを頼みました。そんな人にマルスさんは色々目をみてもらって……私だけでなく、他の女性飛行士から恨まれても仕方ありませんよ」

「ハハ……お手柔らかに頼むよ」

 エヴァは皮肉を言うくらいに落ち着きを取り戻したようだ。

「でも、少し安心した。入院と聞いたから、よほど怪我が酷かったと心配したんだ」

「……怪我は大したことはありません。タチアナ医師が、君は心が重症だと入院を勧めまして」

 俺は意を決し、エヴァの内面に踏み込もうと思った。

「エヴァ、何が起きたんだ? あの連絡を受けて以降、君は明らかにおかしい。誰から……もしかして、お祖母さんか?」

 エヴァははっとし、目を俺から逸らす。図星だ。

「前もお祖母さんの事を聞いたら機嫌が悪くなったね。その人と何かあったのかい? 君の名前を決めてくれた、唯一の家族だろ?」

 過去、エヴァは俺に話してくれた。家族は一人だけ。そんな似たような境遇が俺と彼女を近づけさせたのかもしれない。

「マルス先輩、私、わたし……」

 エヴァは再び感情のせきを切らせようとしていた。けれども、何かに遠慮して、俺に言うのを留まっている。果たしてそれは……。

 エヴァの視線をよく見ると、俺の隣にいるマイラに向いている。

「マイラ、少し席を外してほしい。エヴァは、泣き顔を君に見られるのが恥ずかしいんだ」

 マイラが原因だと分かった俺は、彼女にお願いした。

「……うん。分かった」

 彼女は察してくれたのか、静かに退室する。

 こういう時、あの子は聡くて助かる。他人の気持ちに敏感なのだろう。

 マイラが消えると、

「先輩、私、どうしたらいいのか分からないんです! お祖母様……おばあちゃんが!」

 俺の予測……いや、それ以上にエヴァは感情を発露させる。

「前から体調の悪かったおばあちゃんが先日、倒れたんです。知り合いが言うには、命の危険があると……今すぐあの人に会いたい。けれど、私の故郷は遠くて、それに、おばあちゃんから自分に何があっても戻ってくるなと……だから、だから」

 嗚咽にむせびながらも、状況を説明してくれた。まるで、迷子になった幼子のように。

 彼女の祖母は倒れ、命の危機を迎えている。だが、様々な要因から、彼女は遠い故郷に帰ることを躊躇ちゅうちょしているのだ。

「……君はどうしたいんだい? 余計なことは考えなくていいんだ。自分の想いに素直になればいい。でないと、絶対に後悔する」

「先輩……私、おばあちゃんに会いたいです」

 俺の問いかけに、エヴァは強く頷く。

「俺も行くよ」

 俺は彼女の手を取って告げた。

「マルス先輩……」 

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