遠心加速器 ―エヴァ два―

 俺の予測は当たり、図書館での呼び出しからエヴァの表情は曇ってしまった。

 試験翌日、講師から成績の発表がされた。エヴァは、最下位。今まで常に上位三位内に入っていたのに。

「クズネフォワ候補生、無記入とはどういうことだね。君らしくもない」

「……はい」

 講師の指摘にも、エヴァは空返事をするのみ。

 仲の良い女性候補生が話しかけても元気なくうつむき、心はここにあらずといった感じだった。

 そんな状態で午後の訓練を受けようとする彼女に、俺は大いに不安を覚える。

 遠心加速器によるG(重力加速度)負荷耐久の訓練を。この訓練は、ロケット発射時による加速、宇宙船が地球に再突入する際の減速を疑似体験するものだ。

 俺たちは加速器のある施設に入所し、それを間近で見る。

 体育館ほどの円空間の中央に太い柱が立つ。柱から水平に長大なアームが張り出し、端に棺型のカプセルが着く。まるで片側だけ重りのついた巨大鉄アレイだが、これが遠心加速器。

 機械自体は初めて見て体験するものではない。飛行士養成校にも存在し、学生は飛行機に乗る前、これを体験する。操縦席を模した棺に入り、ぶんぶんと振り回され、Gを嫌というほど味わうのだ。大抵の者は訓練終了後、吐き気をこらえてトイレに駆け込み、その日食ったものを戻す。なので、加速器は学生から恨みをこめ、夢の無い回転木馬とも言われる。

 それが飛宙士候補生の訓練課程にあるということは、ただですむはずもなかった。

 訓練着に替え、例の如くパッドを張られた俺はカプセルの中に入る。その上で職員がベルトを締め、準備は済んだ。

 担当医の訓練開始という声とともに加速器が動き出す。左回りに俺の見える世界が回転を始めた。

 はじめは五Gほどの軽いジャブ、徐々に加速を増し、七G(この時点で通常の飛行士が耐えうるGの最高値)を越え、九G、遂には一〇Gに達する。(一〇Gとは自分の体重の一〇倍、戦闘機での急激な高速旋回の負荷と同等だ)。更には、一二Gまで。もうこの状態になると、眼は閉じれず、呼吸も出来ず、顔の筋肉はおかしくなり、心臓は早鐘のごとく鳴り響き、血は水銀のような重さに。

 もはや、意識はほとんど無い。気力体力の不足でなく、血が重くなり脳に循環しないために起こる生理現象だ。……という説明を、前に座学で聞いたが、まさにこれ。

 名前は……そう、ブラックアウト――

 俺が意識を保てたのは、その言葉を思い出した時まで。

 次に目覚めたのは、パッド、ベルトを外され、カプセルの外に連れ出された後。

「ベロウソフ候補生、記録、一二G」

 覚醒したての俺に、担当医のそっけない言葉が贈られる。

 頭は重く、胃はむかつき、足をふらつかせ、二日……どころか五日酔い状態になった俺は次の番の候補生に交代する。

「エヴァ、交代だ。頑張れよ」

「……あ、ええ」

 エヴァは相変わらず風船のような反応だ。

 彼女は棺に入り、職員に器具で固定される。それから俺の時と同じように訓練が始まり、加速器が回転、速度は増す。目で追うのが気持ち悪くなるほどの速度と回転、一二Gまで届いても、機械は停まらなかった。

 ……エヴァ、ちゃんと耐えてるじゃないか。心配したのは余計なお世話だったかな。

 俺が胸を撫で下ろしたのも束の間、

「まるす、えば、痛がってる!」

 と、側に控えていたマイラは何かの異常に気づく。

「……おかしい。君、ベルト、パッドは正常な位置に取りつけたか?」

「は……あっ、先生、すぐに停めてください!」

 それと同時に、訓練担当医と職員の間で齟齬そごのようなものが表れている。

 直ぐに機械は緊急停止され、担当医、職員は棺に集まった。俺とマイラも何が起きたのだと走る。

「……ぅ……ぁ」

 中のエヴァは明らかにおかしかった。加重に苦しんだだけではない、痛みに呻いている。

 職員が慎重に彼女から器具を外し、服を緩めると、

「……これは酷い。クズネフォワ候補生、どうしてこんなになるまで我慢したんだね!」

 担当医は怒鳴った。

 エヴァの肌に、太いミミズが這ったような血が滲んでいたから。

「候補生、先生、すみません! 私が強く締めすぎたんです! でも、どうして……」

 職員は二人に頭を必死に下げた。彼女がエヴァのベルトを必要以上に締め、それが更に加速回転によって肌に食い込んだのだ。

「えば……痛かったよね」

 マイラは少しでもエヴァの痛みを和らげようとぺろぺろと傷をなめる。

「……だい、じょうぶ」

 そんなマイラの頭を撫で、力無くほほえみかけるエヴァ。

 どちらも健気で、俺はいたたまれなかった。

 当然、訓練は中止。エヴァは医務室に運ばれ、治療を受けることに。

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