7章 麒麟

第29話 悪夢(1)

 ジンは夢を見ていた。それは自分に妹が出来た夢であった。


 学校が終わり、生徒達は寄り道せずに家に帰る。ジン達も例外ではない。

何故ならば試験期間中だからだ。

 ヤンキーが成績気にしてどうするんだと、夢の中の自分にツッコミを入れる。

 交差点が赤になり横断歩道で待っていると、道路を挟んだ向こう側から少女の声が聞こえた。


「ぬぉぉい、お兄ちゃんんん」


 知っている。この愛しさと懐かしさの混ざり合った、この声の主を自分は知っていた。

 少女は信号機の真下で手を振りながら飛び跳ね、そのたびに耳の上で縛ったテールがぴょんぴょんと揺れる。

「美亜」

 ジンは妹の名前を呼び、青になると同時に横断歩道を渡った。

「中学も試験期間中だっけか」

「うん。そうだよ」

 美亜は自分の鞄を兄に押しつけ、走り出す。

「元気だな」

 何気ない会話。それが凄く幸せで、ずっとこの日常が続くといいのにと、ジンは思った。

「転ぶなよ」

 美亜に声をかけた瞬間、ふいに空が暗くなる。

「何だ?」

 見上げると堕ちてくる。巨大なナニカが空から降ってくるのだ。

「逃げろみーあッ!」

 足が重く、自由に動かせない。まるで水の中を移動しているみたいだ。

「うあぁぁぁぁぁ!」

 ジンはこの光景が夢なのを忘れて、絶叫した。


 妹の上に落下したそれは巨大な泥の塊であった。生きているのか、のそのそと蠢き出す。

『ニエニエニエ』

 鳴き声か、贄と聞こえる。

 頭部と思われる部位がこちら側に振り向くと、前面に突き出した顎が気絶している美亜を咥えていた。

「てめぇぇぇっ許さねぇぇぇ!」

 携帯を取り出して叫んだ。

「コネクト・アームズ!」

 武装はしない。携帯には玄武のナノマシンは無く、ジンもまた只の人であった。


 そうだ。これは夢だ。だがあまりにも理不尽ではないか。怪獣が現れたのに、ヒーローがいないなんて。

「ヨモツ獣。その子を食べてはいけませんよ」

 一人の美青年が、ヨモツ獣と呼ばれた泥の足元から現れた。

 それは忘れもしない顔だった。

 敵だ。そうこの青年は言った。だから戦った。負の感情なんて無かった筈なのに、夢の中では何故こんなに憎いのだろうか。

『殺してやる』

 はっきりとした殺意が、今の自分には存在した。

 美青年の名前は、北神北斗。

 復讐するべき相手であった。


「くっ……」

 ジンは自室のベッドの上で、悪夢を見ながらうなされていた。

「……お兄ちゃん……」

 麒麟はジンの手を握りしめている。

 かろうじて元の世界に戻ってきた。朱雀は疲労で倒れ、ジンはアクゥに貫かれた傷が原因で高熱を出している。

 なんて自分は無力なのだろうか。命を賭けて助けてくれた姉と兄が苦しんでるのに何もできない。

「麒麟さん、変わりますわ」

 長女が入ってくる。

 自分に、いや暁姉妹に咎はない。全ては鬼神の管理を任されていたアクゥが元凶なのだ。

 それでもこうして顔を合わせると、気まずい雰囲気となる。

 青龍は怒っていない。十四年間一緒にいるのだ。それは間違いない。

 気まずいと感じてるのは自分だけだ。

 怒ってほしかった。殴ってほしかった。そうすれば楽になれたのに。


「麒麟さん」

 部屋から出て行こうとすると、声をかけられた。

 緊張が走る。体が硬直し喉が渇く。

「貴女は……いいえ、わたくし達は誰も悪くない。それぞれが最善だと思う選択肢を選んだだけですわ……ゆっくりとお休みなさい」

「……うん……お休み、お姉……」

 麒麟は泣いた。声を出さずに泣いた。顔を見られない様にと、決して振り向かず扉を開けて部屋を出た。


 仮眠から目が覚めると麒麟は、朱雀に呼ばれ居室に向かった。

 室内には青龍と玄武が待っていた。

「あれっ白虎姉は?」

「白虎は体調不良で部屋で寝ておる」

「えっまさかアクゥの!」

「き、麒麟ちゃん、その白虎お姉ちゃんは、むにょむにょ」

 朱雀は頬を赤らめて答えるが、後半になるにつれて声が小さくなり聞き取れない。

「?」

「そのお話は後でしますわ。わたくし達にとっても、おめでたい事ですし……まずは旦那様の高熱、原因がわかりました」

 空気が張り詰め緊張感が高まる。

「旦那様の体液から、玄武さん以外のナノマシンが発見されました」

「はわわわっ、た、体液」

 そのワードでナニを想像したのか、朱雀の頬が更に濃く朱に染まりだす。

「お、お姉……空気読んで……」

 普段と変わらない姉のリアクションに、麒麟は突っ込む。

「そ、そのナノマシンってまさか……」

 朱雀は、アクゥの剣に貫かれたジンを思いだす。

「アクゥのナノマシンだ」

 玄武が答える。

「ジンの体内でせめぎ合い、それの影響で高熱を出しておる」

「助けないと、お兄ちゃんを」

「うん。でもどうやって? 私の炎に、兄さんは耐えられない」

「我がジンの体内に入りアクゥのナノマシンを倒す」

「も、もし失敗したら……」

「最悪の結末が待っておるな」

「駄目です。そんな事!」

「朱雀さん、それでもこれが一番確実です」

 ギイッ。扉の開かれる音で論議は中断する。

「麒麟さん、どこへ」

「それでいいと思うよ。でも、あたしはあたしで、お兄ちゃんを助ける方法を考えてみる」

 麒麟はそう言って家から飛び出した。

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