第28話 不協和音(終)

 体の内側から湧き上がる高揚感が、激しい肉体の痛みを打ち消した。足首がありえない方向に向いていても、しっかりと大地を踏みしめている。関節を支える骨がガッツリと筋肉に喰い込み、強制的に支えているからだ。

 痛みよりも、高揚感によって発せられる高熱で脳が茹で上がる様な感覚が、酷く不快で辛かった。

 そういえば朱雀はどうした。麒麟を無事に救えたのか。


(あれっ…すさぐ? きりん? 誰だっけ)


 熱のせいか。どうしても顔が思い出せない。大切な人達の筈なのに。絶対に忘れてはいけないのに。

 瞳を閉じるとゆらゆらと蜃気楼の如く幻想が浮かぶ。

 柔らかい真白い裸の少女達。

 自分の体の上で下で蠢くのを想像するだけで、陰茎が硬くなっていく。

 「朱雀……麒麟……」

 思い出した。愛する妹達だ。何で忘れていたのか。


 あんなにも美味しそうなのに。


 もう脳の不快感は消えていた。感じるのはとろける様な甘美と快楽。

 ぐきっぐきっぐきっ。関節が軋む音がする。元の状態へ戻ろうと骨が鳴り、あり得ない方向へと曲がっていた足は正常な位置となる。

 肌が痒い。少年少女問わず十代特有の瑞々しく潤いあり皮膚が、乾燥しカサカサに粉をふく。

 ボリボリボリボリ、気づかぬうちに鉤状に伸びた黒く濁った爪を立てて勢いよくかき出すと、皮膚が捲れ黒色にささくれていく。

 ささくれは段々に重なりあい硬質化、爬虫類系の鱗となった。

 両肩がズッシリと重い。赤く光る瞳が、人の頭部と同サイズの瘤を見ていた。 

 左右の瘤は第二第三の頭であった。岩石の質感のそれは亀の頭を邪悪に歪めた形状をしている。三角の吊り上がった瞳がギロギロっと動き、世界を認識。モコモコモコと首筋に血管を浮き上がらせ、伸びていく。

『ギィッッッ』

 二頭の亀は鋭い犬歯を覗かせ、吠えた。

 その声に呼応したのか、ズボンのウエストから尾てい骨が変化した口しかない蛇が鎌首をもたげ、きぃきぃきぃと鳴き威嚇する。

 獣化したその姿は、神話に登場する聖獣玄武そのものだ。

『あぎぃぃぃぃぃぃぃる』

 赤い目を輝かせジンは吼えると、アクゥに飛びかかった。



「体内のナノマシンが、宿主を守るために暴走したか。理性をなくした獣など敵ではない」

 振り下ろされるデモンサーベル。

 尻尾の蛇が空を蹴り、刃を真横にかわした。

 両腕と両足で大地に着地。関節を曲げて衝撃を吸収する。その姿は四本脚の獣の様だ。

 グルグルグルと、決して視線をそらさずに周囲を動きまわる。

 ショートレンジのスタイルでは、獣相手には圧倒的に不利だ。

 ガシャン。

 腰の装甲が解放。

 ジクザクに大地を蹴り牙をむくジンをめがけ、そこから先端が杭となった二本の鎖を撃ち出す。

 一本は外れるが、もう一本は左後ろ足を貫き大地へと固定する。

 足を封じた。これで決める。

 デモンサーベルが頭部を狙う。

 ガツン。刃は歯で噛まれ防がれてしまった。

『ぎしゃあぁぁぁぁぁぁ』

 唾液を撒き散らせ、双頭の亀の首が伸びてアクゥの首筋に噛みつく。

 装甲を引きちぎられ、露出した首元に蛇が絡んだ。

「ぐぅっ」

 気管が閉まり呼吸が苦しい。景色が歪み意識が朦朧としてくる。未だに身体が馴染まず、人間としての弱点が顕わとなる。

(……人間か……くくっ……)

 何かを思いついたのか、フルフェイスヘルメットを収納し、犬飼巧の素顔を晒した。


『た、巧……』


 獣は人の言葉を話した。幼なじみの友人を見て、本能の濁流に流されかけた理性を取り戻したのだ。

「そうだ……僕だ……よジ……ン」

 自分の手で苦しむ友人を前に、意識せずとも尾は緩む。

 赤く濁っていた瞳が、元の色に戻っていった。

「……巧、お前が……アクゥなのか」

「そうだよ、僕は転生したアクゥと同時にお前の友人である巧だ。記憶だって残ってるし、人格も受け継いでいるさ」

 巧はジンに近づいていく。

「情、絆。獣には無く人に有る、それが足枷となり力になる」

「━━━━」

 ぼそっ。耳元で何かを囁いた瞬間、ジンは血相を変えて胸倉を掴んだ。

「お前ッ!」

「証拠を見せてやるッ!」

 巧は再び装甲を纏うと、デモンサーベルでジンの胸を突き刺した。

「た、たく……み……」

「僕の勝ちだ」

 剣を引き抜き、意識を失ったジンに勝利宣言をする。


 パチパチパチパチ。

「お見事です。アクゥくん」

 傍観していた北斗が拍手し、健闘を称えた。

「さぁ、トドメを」


「ファイヤー・フェザー!」


 炎で出来た巨大な羽が、二人の前に突き刺さった。

「こ、これはまさか?」

「そのまさかみたいですよ」

 羽の向こう側で倒れていたジンが消え去り、大空を鳳凰が飛んでいく。

「朱雀……か。見事なり」

「いやはや敵ながら大したものですね。麒麟さんも、連れて行かれましたし」

 ざわり。美しい顔に鬼が宿る。

「さてどうするのですか? アクゥくん。鬼神を完全な状態で渡す。それが我らの条件です」

「話した通り、システムに不具合が発生してる。それさえ取り除けば月に行く。だから……」

「はい、その時に約束は守ります。神に誓いますよ……その新しいボディ似合いますねアクゥくん」






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