第26話 不協和音(3)

 次元の濁流に何とか呑み込まれず、狭間にたどり着いた二人はこの時点で、疲労困憊であった。

「はぁはぁはぁはぁ」

 朱雀のエネルギーは残り僅か。片道分がやっとだ。麒麟を救出しても、果たして元の世界まで無事に帰れるのかわからない。明らかに準備不足であり、無謀過ぎる賭けである。

(せめて数日後であったら……)

 ジャンク獣を倒した勢いで、ここに来てしまった事を今更反省するが、慌てて首を振った。

 違う。人のせいにしてはいけない。これは私が決めた事だ。このどうみても分の悪い賭けにのったのは、紛れもなく自分なのだから。

 朱雀はそう決意すると、アクゥの居場所までジンを案内する。

「ジンくん、私にはもう戦うエネルギーがありません。麒麟を頼みます」

「あぁわかってる。さっさと終わらせようぜ」


 空から無限に降り注ぐ滝の内側は空洞となっており、地底湖になっていた。そこには、上半身だけ湖面から出した鬼神阿修羅が鎮座する。

 電源は入っていないが、今にも動き出しそうだ。

 胸の中央のコクピットハッチが開かれている。その中から太いケーブルが何本か伸びていて、辿った場所に麒麟はいた。

「き、麒麟ちゃん」

 一番太いケーブルがついたカプセルの中で、麒麟は瞳を閉じて眠っている。

 キョロキョロと周囲を見渡すが、誰もいない。

「アクゥいないみたいだな」

「はい。私のセンサーにも反応ありません」

「ならいいか。センサーオフにしとけ、エネルギーもったいない」

 流石にジンもここに来て、無謀な作戦だと理解したのだろう、「クスッ」と朱雀は笑った。

「らしくないですね。慎重なのはいいですけど」

「まぁ……な」



 ジンは地底湖に足を踏み入れてからずっと、淀んだ気を感じていた。首筋がピリピリと痛く、全身に産毛が逆立っている。

「らしくない」と、朱雀に言われたが確かにそうだ。

(ラスボスの基地に来てブルってる場合じゃねぇだろ)

 自分は強くならないといけない。

 家族を守る為に、鋼の意思と強靭な力をもたなければと、ジンは改めて気持ちを引き締める。

 だがすぐに後悔する。この虫の知らせに、耳を塞いだ事に。


「おやおや、先客ですか?」

 どこからか男の声が聞こえた。

「見つかった!」

「そんなセンサーには何も……」

 慌ててオンにするが、やはり反応がない。

 前方の空間が歪み、そこから長身の美青年が現れた。

 黒く長い髪の毛に白い肌。つり上がった瞳と真っ赤に染まる薄い唇。美しい顔立ちに不釣り合いな、とても怖い雰囲気をまとわりつかせた青年がそこにはいた。

「アクゥ君は間もなく、戻ってくるそうです……君は銀河連合の宇宙刑事、暁朱雀さんですね」

「はぅ知られてる!」

「仕事柄、敵の顔を覚えないと命がいくつあっても足りませんから」

 薄く笑い肩をすくめた。

 敵。目の前にいるこの男は確かにそう言った。なら自分がやる事は只一つ。ジンは携帯を構えると叫んだ。

「コネクト・アームズ」

 武装すると朱雀を守るために飛び出す。

(コイツが何者か知らねえが、敵なら倒す)


 先手必勝と尾を引き抜き、トマホークを振り下ろす。

 斬。

 数本の髪の毛が舞い、刃は大地にめり込む。

 美青年は必要最低限の動きでかわすと、形のいい長い足でそれを踏みつけた。

「おや髪が、まだまだ修行が足りませんか」

 にっこりと、女性なら老若問わず見とれてしまいそうな色気ある笑顔を見せた。

「気持ちわっ……る!」

 ひゅんっ。

 刃を中心に身体を回した蹴りが、目の前を嵐となって通り過ぎる。

「やりますね」

「あぶねぇ」

(手、放して無かったら終わってた)

「……俺の名は黒鉄ジン。アンタのその蹴り、素人じゃないよな?」

「いえいえ素人に毛が生えたものですよ。自己紹介がまだでしたね、私の名は北神北斗。『黄泉津』の一人です」

「ヨモツ!」

「知ってるのか朱雀」

「死の女神イザナミを崇拝する、狂信者達の集まりです……あらゆる世界に彼らはいて死をバラまく」

「よくご存知で」

「当たり前です。宇宙の調和を乱すアナタ達を銀河連合は許しません」

(こんな時に最悪……目の前には麒麟ちゃんがいるのに……)

 にいっっっ。

 北斗は唇の端を耳まで広げて、笑った。

 ゾクゾク。

 これか。背中がざわつく不快感の正体は、ジンは朱雀を守るために再び前に飛び出した。


「なにをしている」


 聞き覚えのある声が聞こえて、外からメタリックシルバーの犬型装甲を纏ったアクゥが入ってきた。

「アクゥ!」

「おかえりなさい。待たせてもらいましたよ」

 足を止めて仇敵を睨みつけるジンと、旧友を前に微笑む北斗。

「よくも麒麟ちゃんを……」

 朱雀の表情に鬼が浮かぶ。

「僕が留守にしてる間に賑やかになったな」

「ジンくんと朱雀さんが遊んでくれてたので、退屈しないですみました」

 アクゥに道を譲る。それは貴方が決着をつけなさいと無言でいっていた。

「……」

 じゃり。アクゥは尾てい骨から生える尻尾を引き抜く。禍々しい剣に形を変えた尾を振りかざし、ジンに向かって走りだす。

「下がってろ朱雀、お前は麒麟を」

「は、はい」

 朱雀は急いで離れていく。

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